「あげる」
猫田から放られたカセットテープをキャッチして、花房は瞬きした。
当然の疑問を口にのせる。
「何ですか、これ?」
「見ての通りのカセットテープ。あげるから、覚えなさい」
「覚えるんですか?」
「そ。年末の余興でやるのよ」
「えええっ!」
猫田のさらっと爆弾発言に、花房は思わず声を上げた。
花房に大声を出させた本人は「うるさい」と眉を顰めて素っ気なく言う。
「winkって、今年デビューした女の子二人組のアイドルの曲ですって。誰か相方見つけてやんなさい」
「何で私が、そんな…………」
「あんたが一番若いからでしょ」
そう言って、猫田は珍しくにまっと笑う。
「宴会での新人の役割なんて、お酌かたいこもちに決まってるのよ」
「せめて盛り上げ役と言いなさい」
溜息混じりに降ってきた声は藤原婦長のものだった。
花房の背筋が一気に伸びる。
流石の猫田も一瞬しまったという顔になった。
「あたしはそれをあんたにやらせようと思って渡したのに」
「婦長さん、冗談ばっかり。あたしよりほら、若くて可愛いのがいるんですから、そっちにやらせた方がいいに決まってるじゃないですか」
猫田の台詞に花房も得心がいった。
しかし、少しだけほっとする。
藤原婦長が現れたのなら、自分はwinkとやらを歌わなくて済むかもしれない。
藤原婦長はわざとらしい溜息を吐いた。
「ネコが困るところを見たかったんだけどねぇ……やっぱりこの程度じゃ甘いわ」
「藤原婦長、それだけが理由だったんですか?」
「そうよ」
藤原婦長の独り言に思わず尋ねると、藤原婦長は平然と頷いた。
やっぱり猫田の上司だけはある。この人も底が知れない。
唖然としている花房に、藤原婦長は晴れやかな笑顔を見せた。
「まあいいわ。花房さん、頑張って頂戴。気楽に考えればいいのよ、若い女のコが出るだけで盛り上がるものなんだから」
「え、あ、あのぉ…………?」
「頑張ってね~~」
目を白黒させる花房を残し、軽やかな足取りで藤原婦長は去っていった。その後を、猫田も足音をさせずについていく。
「やっぱり私がやるの…………?」
花房の手の中には黒いカセットテープが取り残されたのだった。
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