シクラメン

これもクリスマスシーズンにはお馴染みの花ですねー。
色によって花言葉違うんでしたっけ？　そこまで調べなかったですけど。
花言葉は【はにかみ、内気、嫉妬】。今回は「はにかみ」をチョイス。
ヴァイオレットかなー……はにかみって、普段元気なコがやるとギャップ萌えで威力倍だと思うんだぜ。
あ、シクラメン（しかも鉢植え）って病院には思いっきり縁起悪いので、今回は絡みません！

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カップから立ち上る甘い香りに、すみれは頬を緩めた。
普段なら余り好かないイチゴ香料も、今日ばかりは幸せを運んできてくれる。

「楽しそうですね、すみれ先生。何かいい事でも？」
「ええ、ちょっと」

そんなすみれを見た医局長の兵藤が、そそくさと寄ってきて早速探りを入れてきた。
失礼にならない程度に、しかしそれ以上は有無を言わせない強さですみれは兵藤をシャットアウトする。
だって、内緒にすると約束したのだ。





「田口先生、こちらお借りしてた論文…………？」
「ああ、わざわざ有難う。参考に…………？」

勉強用に借りた論文集を田口に返そうとして、ふと、すみれの謝辞は途切れた。
すみれが言葉を切らせたので、怪訝に思った田口も口を噤む。
すみれの視線を辿り、田口は苦笑を浮かべた。

「頂き物です」

田口のデスクの上にあったのは、インスタント飲料の粉末だった。
ココア、カフェラテ、ロイヤルミルクティ、いちごオレ、などなど。
元々インスタントに馴染みのないすみれである、飲んだ事の無い物が幾つもあった。

「あんまり飲んだ事無いって言ったら、ナースの皆さんやら患者さんやらからいろいろ貰ってしまいまして、気付けば溜まってしまったんです。お歳暮の時期でもありますし……」

田口らしすぎて、すみれの口元にも苦笑が浮かんでしまう。
東城大、いや、どの病院でも、田口ほどささやかな頂き物が多い医師はいないだろう。
頂き物の数だけ好かれているのだ。
そう思うと、インスタントのお手軽な粉末が価値ある物に思えてくる。
そんな事を思ってデスクの上を見ていたすみれを、何と思ったのか。
田口はいちごオレの粉末を手にとってすみれに差し出した。

「お裾分け、しましょうか？」
「え、」
「あ、いちご嫌いですか？　でしたら……」
「あ、いえ、違います。えっと」
「ん？」

上手く反応出来ないうちに、話は違う方向に転がりかける。
顔を覗き込むように首を傾げられて、すみれは言葉に詰まった。
断るのは悪い気がする。ものすごーく、悪い気がする。

「い、頂きます……」
「他の先生方には内緒でお願いしますね」

断り切れず、すみれはいちごオレの粉末を受け取った。
それを見て田口は、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
すみれも何とか笑みを返し、論文集の礼を改めて告げて、医局へ戻った。





兵藤を黙らせて、すみれは再びいちごオレのカップに視線を落とした。
甘い香り、可愛らしいピンク、手の中の温かさ。
何だかとても幸せな気分になって、すみれははにかんだ笑みを浮かべたのだった。