愚痴外来のコーヒー豆は行灯先生の自腹。
しかし、コーヒー豆って種類も多けりゃ値段もピンキリ。
行灯先生ご愛飲のコーヒーは作中には明記されておりませんが、そこに至るまでには紆余曲折があったかと思います。どれがお気に入りにしろ、飲み比べてみなきゃならないでしょう?
今回はそんな話。
そこに将軍を(無理にでも)絡めるのが、腐女子の心意気さ。
しかし、コーヒー豆って種類も多けりゃ値段もピンキリ。
行灯先生ご愛飲のコーヒーは作中には明記されておりませんが、そこに至るまでには紆余曲折があったかと思います。どれがお気に入りにしろ、飲み比べてみなきゃならないでしょう?
今回はそんな話。
そこに将軍を(無理にでも)絡めるのが、腐女子の心意気さ。
コーヒー豆のケースの前で、田口は真剣に悩んでいた。
かれこれ15分にもなる。
最初はサービス精神に則って接客に寄ってきた販売員も、時間がかかりそうなのを見てとって田口から離れていった。
速水が店内をぐるっと回り、手頃な値段のワインとつまみのチーズをピックアップし終えても、まだ田口は悩んでいたのだ。
速水が呆れるのも当然だろう。
「お前、いつまで考え込んでる気だ」
「だってさ」
速水の声に、田口は顔を上げて不貞腐れた。
ちらりと速水を見ただけで、すぐに視線はショーケースに戻る。
微妙に濃淡の違うコーヒー豆たちがグラデーションを作り、丁寧な解説がカードで添えられている。
説明書きをいちいち読んでは迷っていたのだろう。
「どれが美味いと思う?」
「知るかよ。大体俺は拘らん。飲めりゃいいんだ」
「お前それはコーヒーに失礼だぞ」
「何だよ、それ」
田口に尋ねられて、速水は呆れ半分に応じた。
田口の返しは更に可笑しなもので、速水はつい笑ってしまう。
田口もちらりと笑ったが、再びショーケースを目線で辿り始めた。
「ん……………………」
田口の視線を追えば、迷いながらもいくつか候補があることに気付いた。
速水も何となく解説カードに目を通した。
産地、煎りの濃淡、香りの特徴。
コーヒーに「フルーティな香り」って、何だそりゃ。
「行灯、これにしろ」
「え?」
「すいません、こっちの」
「ボールドグレンですね、いかほどですか?」
「おい、どれぐらいだ?」
「あ、えっと、200?」
「ボールドグレン、200グラムですね。少々お待ち下さいませ」
田口が戸惑っているうちに、速水はさっさと店員に声をかけた。
女性の店員はにこやかな笑顔とともにコーヒー豆をパック詰めする。
速水は自分のワインと一緒にコーヒー豆の分もまとめて精算した。
田口は事態に付いてこれないようだった。
「ありがとうございました――――っ」
女性店員のコールが響く。
荷物を持って歩きだした速水の後を、田口が慌てて追いかけてきた。
店を出たところで、ようやく田口が速水の隣に並ぶ。
「何なんだよ、一体」
「お前がいつまでも悩んでるから、俺が決めてやったんじゃないか」
「だからって勝手に…………」
不満顔の田口に対し、速水はふんぞり返って偉そうに言ってやった。
事実、速水が口を出さなければもう5分は悩んでいただろう。
田口は反論できず、納得もできないのか、口の中だけでブツブツ呟いた。
しかしそこで、速水に精算を任せてしまったことを思い出したらしい。
「あ、なあ、幾らだった? 払わなきゃ」
「あぁ? いいよ、メンドくさい」
「そうはいかないだろ」
「いいって言ってるのに…………」
レシートは財布の中に突っ込んであるが、取り出すのは面倒くさかった。
田口も譲ろうとはしない。
ふと妙案が思いついた。
「金はいいよ。これは俺の。で、お前に預けるから、お前は俺に美味いコーヒーを入れること」
「預ける?」
「そ。俺んトコには道具無いからな」
速水の提案は、田口には意外だったらしい。
瞬きを繰り返して、しばし言葉の意味を考えている。
その反応を、速水は好奇心と共に見守った。
やがて田口も笑顔を浮かべる。
「そっか」
「そ」
「それなら、こまめに来いよ。コーヒー豆は鮮度が大事なんだ」
田口の言葉は、速水には願ったり叶ったりだった。
二人のコーヒータイムを想像して、速水は口元で笑った。
「何だこりゃ?」
コーヒー豆は冷暗所で密閉保管するのがベストだ。
田口の家の冷蔵庫にコーヒー豆の缶があるのは、昔からのことである。
だが、その缶に「速水」と書かれたネームシールが貼ってあるのを見て、島津は首を傾げた。
「預かりものなんだ」
田口は笑って言い、それを見ていた速水も口の端だけで笑うのだった。
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