ことん、と軽い音を立てて置かれたコーヒーカップから立ち上る芳香に田口は目元を和らげた。
「有り難うございます、藤原さん」
「どういたしまして」
田口が言うと、藤原看護師はゆるりと笑う。
こうしてゆったりしていると、地雷原などという物騒な渾名は嘘のように思えた。
女という生き物は千変万化、変幻自在だ。
書類よりもコーヒーを優先すべく、田口は書き物の手を止めてコーヒーカップを取り上げた。コーヒーの香りは尚強く、そして繊細になる。
一口啜って、田口は小さく笑った。
「藤原さん、腕を上げましたね」
「そりゃあ毎日淹れてますもの」
田口の言葉に、藤原看護師は呆れ半分といった風情で答えた。
サイフォンに不慣れな藤原看護師が淹れるコーヒーは、最初の頃は色がついただけという代物だった。それが10日もしないうちに、繊細な味を醸し出すようになっている。
「そのうち私も追い抜かれるかもしれないなぁ」
「あらあら。油断出来ませんね」
田口が独り言めいた呟きを洩らすと、藤原看護師は悪戯っぽく笑う。
穏やかな時間がそこに流れていた。
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