最後通牒なんか、聞きたくなかった。
すずめ四天王の四人で囲むのは、珍しく雀卓ではなく、居酒屋のテーブルだった。
和室だが足元が掘り下げてあって、正坐を強いられることがない。
島津の向かいで、速水が彦根の首を固めてふざけている。彦根も笑って速水の腕を叩いていた。
そして島津の隣りでは、田口が淡い笑みを浮かべていた。
「速水が好きなんだ」
田口の告白に、島津が言えたのは「そうか」の一言だけだった。
何をどう言えばいいかすら解らない島津の心中を察したのか、田口は困ったような笑顔を浮かべた。
「ゴメン、こんなこと言われても困るよな。忘れてくれ」
そう言って、そのまま逃げだした田口を、島津は茫然と見送ってしまった。
それから二、三日すると、田口は再び今まで通り「すずめ」に顔を出すようになった。雀卓を囲んで速水と軽口を叩き、ごく自然に振舞っている。
その笑顔がどこか強張っているのを、島津はちゃんと気付いていた。
「行灯。ニヤけてる」
宴席で、淡い笑みを浮かべる隣りの田口に島津は囁いた。
田口は困ったように笑う。
その笑顔に、速水に向ける時のような緊張はなかった。
気付いていた。
自然に振舞うフリをしながらも、田口が速水相手にだけは緊張していることも。速水に気付かれない場所で、柔らかな笑みとともに速水を目で追っていることも。
そんな田口を見つける度に、ヒリヒリと焼ける自身の理由を島津は十分に察していた。
だが、どうしろというのだ。
速水を探す田口の視線を遮って、自分を割り込ませるだけの覚悟は、今の島津にはまだ出来ていなかった。
「…………速水はカッコいいなぁって」
「そうかぁ? アレが?」
淡い笑みの理由を、田口は密かに呟く。
内緒話を寄せられた耳元をくすぐったく思いながら、島津は喉の奥で笑ってみせた。
向かいの席の速水は彦根イジリも佳境に入っているようだった。フライに添えられていたレモンをありったけビールに搾り、それを彦根に強制しているところだ。
幾ら速水に憧れを抱いている女子であっても、大人げないその様を間違っても「カッコいい」とは表しないだろうに。
「カッコいいよ」
楽しそうに笑う速水を見るだけで、きっと満足なのだろう。
田口は幸せそうに微笑んで、島津に頷く。
その笑顔が透き通るようにキレイで、島津は言葉を無くした。
「そうか」
辛うじて吐き出した言葉の裏側で、田口が幸せならいいかとも思う。
田口の恋の先行きは不透明だ。今の田口がどんな決意で笑っているのか、島津には解らない。
だが、たとえ別の相手のためであっても、田口が笑っているなら十分だと思う。
そう思う島津も十分田口の為に目が眩んでいる状態で。
だから、二人を見ている速水の視線が、必要以上に険しいことに気付かなかった。
「…………話があるんだ」
数日後のことだ。
珍しく授業に顔を出した田口は、講義が終わると同時に島津を捕まえてそう言った。
その、照れたような、だけどどこか幸せそうな表情に、島津の心に暗い影が落ちた。
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