そろそろネタがなくなってきました。あるのは9月の企画に使うために出し惜しみしているものです。
で、何かの足しになるかとホントに最初の頃のネタメモ発掘したら、まだやってないのがあったので、ちょうどいいからやってみます。
黄本で、「地雷原が愚痴外来専任になった時、我儘言ってサイフォン導入した」みたいな表現があります。じゃあその前は?
医局長だったんだから、内科医局に行灯先生のデスクがあったワケで。現在トンビが「医局長室」なんて貰ってなさそうな様子を見ても、医局長ぐらいじゃ個室はなさそうだし、共同の部屋で一人サイフォンは変だし……。
そんな話です。
キャストは行灯先生と、霧島お気に入りの神経内科の丹羽看護師。
伝説の人名事典は「丹波」になってるけど、これだと「タンバ」だね。青本は「丹羽」です。
で、何かの足しになるかとホントに最初の頃のネタメモ発掘したら、まだやってないのがあったので、ちょうどいいからやってみます。
黄本で、「地雷原が愚痴外来専任になった時、我儘言ってサイフォン導入した」みたいな表現があります。じゃあその前は?
医局長だったんだから、内科医局に行灯先生のデスクがあったワケで。現在トンビが「医局長室」なんて貰ってなさそうな様子を見ても、医局長ぐらいじゃ個室はなさそうだし、共同の部屋で一人サイフォンは変だし……。
そんな話です。
キャストは行灯先生と、霧島お気に入りの神経内科の丹羽看護師。
伝説の人名事典は「丹波」になってるけど、これだと「タンバ」だね。青本は「丹羽」です。
「コーヒー下さぁい…………」
医局に戻ってきた田口は、椅子に縋りつくようにしながら座ると、情けない声を出して机に突っ伏した。安いスチールの回転椅子が高い音を立てる。
「あらら。お疲れね」
たまたま医局に残っていた丹羽は苦笑を浮かべて立ち上がると、奥の棚へ向かった。医者にも休憩は必要だが、患者の目につくような大っぴらな場所には冷蔵庫やポットを置かないものだ。
少し薄暗い空間だが、医局からの明かりで十分だった。
田口のマグカップに目分量でインスタントコーヒーを入れ、これまた目分量でお湯を注ぐ。少し濃いめになったかもしれなかった。
田口がブラック党だというのは、長い付き合いで解っている。
シュガーもミルクも持たず、丹羽はマグカップを田口の下へ運んだ。
「ほら、コーヒー」
「有難う御座います」
机に突っ伏していた田口は、億劫そうに頭を持ち上げた。空いたスペースに丹羽はマグカップを置く。
丹羽を見上げて一言礼を述べると、田口は両手でマグカップを包んでそろそろとコーヒーを啜り始めた。
医局には誰も戻ってこない。田口も丹羽も黙ってしまうと、医局は沈黙が支配するところとなる。
「どうしてそんなにお草臥れなの?」
「話せば長くなるんですが……」
患者Aさんの不出来な嫁に対する愚痴に付き合っていたところ当のお嫁さんが現れ、田口の前で罵り合いを始めてしまったのが一つ。
患者Bさんの、看護師Cさんの不手際に対する抗議を訴えられて、「善処します」を繰り返したのが二つ。
看護師Dさんが医師Eさんの指示書ミスの判断を仰ぎにきて、指示書を睨めっこした挙句カルテの記入ミスも発見し、Eさんに訂正の指示を出したのが三つ。
止めに旧友のFとG……いやHとSの、「あの一局で勝ったのは俺だよな?!」論争に巻き込まれ。
そういう山越え谷越え、ようやっと田口は医局に戻ってきたのである。
「で、その麻雀、勝ったのは速水先生なんですか? それとも島津先生?」
「いや、後輩の彦根だったんです」
「あら、お二人とも記憶違いしてたんですね」
立ったまま机に寄りかかって田口の話を聞いていた丹羽は、話のオチに楽しそうに笑った。
田口としては、草臥れきってあんまり笑えない。
それとも、こうも事態が重なったのはやはり笑い話だろうか。
少し熱が落ち着いたコーヒーを、今度はちょっと多めに啜る。
腹に落ちたコーヒーの温度が身体を温めているのだろう、田口の肩から力が抜けた。肩だけではなく、全身が緩んでいるようだ。
もう一口含んで、この頃になってようやく味わう余裕が出てきた。
だが。
「……田口先生。インスタントだからって、そんなにガッカリしないで下さいね。入れてもらってるのは先生なんですから」
田口の表情の浮かんだ落胆を、丹羽は素早く読み取った。
空かさず釘を差す。
「う、はい……ゴメンなさい、有難く思ってマス」
田口は申し訳なさそうに呟いた。
医局の田口は、地味で目立たない医師だ。お茶にもコーヒーにも余り注文を付けることはない。
しかし、田口はコーヒー党だった。しかも筋金入り。
それを知っているのはごく一部の面々のみであり、丹羽もまたその「ごく一部の面々」の一人だ。
田口の好みがサイフォンで淹れた本格コーヒーというのは丹羽も十分承知だが、病院内で出来ることと出来ないことがある。絶対少数派は、民主主
義的「最大多数の幸福」論に膝を屈するのだ。
つまり、田口はインスタントコーヒーで我慢するしかない。
しょぼくれた田口が可笑しくて、丹羽は笑いながら軽口を叩いた。
「田口先生が教授にでもなって個室を貰えば、好きなように美味しいコーヒーを淹れて貰えますよ、きっと。出世しましょうね」
「…………出世するのは面倒くさいなぁ」
丹羽の提案に、田口はやっぱり草臥れた表情で呟いたのだった。
医局に戻ってきた田口は、椅子に縋りつくようにしながら座ると、情けない声を出して机に突っ伏した。安いスチールの回転椅子が高い音を立てる。
「あらら。お疲れね」
たまたま医局に残っていた丹羽は苦笑を浮かべて立ち上がると、奥の棚へ向かった。医者にも休憩は必要だが、患者の目につくような大っぴらな場所には冷蔵庫やポットを置かないものだ。
少し薄暗い空間だが、医局からの明かりで十分だった。
田口のマグカップに目分量でインスタントコーヒーを入れ、これまた目分量でお湯を注ぐ。少し濃いめになったかもしれなかった。
田口がブラック党だというのは、長い付き合いで解っている。
シュガーもミルクも持たず、丹羽はマグカップを田口の下へ運んだ。
「ほら、コーヒー」
「有難う御座います」
机に突っ伏していた田口は、億劫そうに頭を持ち上げた。空いたスペースに丹羽はマグカップを置く。
丹羽を見上げて一言礼を述べると、田口は両手でマグカップを包んでそろそろとコーヒーを啜り始めた。
医局には誰も戻ってこない。田口も丹羽も黙ってしまうと、医局は沈黙が支配するところとなる。
「どうしてそんなにお草臥れなの?」
「話せば長くなるんですが……」
患者Aさんの不出来な嫁に対する愚痴に付き合っていたところ当のお嫁さんが現れ、田口の前で罵り合いを始めてしまったのが一つ。
患者Bさんの、看護師Cさんの不手際に対する抗議を訴えられて、「善処します」を繰り返したのが二つ。
看護師Dさんが医師Eさんの指示書ミスの判断を仰ぎにきて、指示書を睨めっこした挙句カルテの記入ミスも発見し、Eさんに訂正の指示を出したのが三つ。
止めに旧友のFとG……いやHとSの、「あの一局で勝ったのは俺だよな?!」論争に巻き込まれ。
そういう山越え谷越え、ようやっと田口は医局に戻ってきたのである。
「で、その麻雀、勝ったのは速水先生なんですか? それとも島津先生?」
「いや、後輩の彦根だったんです」
「あら、お二人とも記憶違いしてたんですね」
立ったまま机に寄りかかって田口の話を聞いていた丹羽は、話のオチに楽しそうに笑った。
田口としては、草臥れきってあんまり笑えない。
それとも、こうも事態が重なったのはやはり笑い話だろうか。
少し熱が落ち着いたコーヒーを、今度はちょっと多めに啜る。
腹に落ちたコーヒーの温度が身体を温めているのだろう、田口の肩から力が抜けた。肩だけではなく、全身が緩んでいるようだ。
もう一口含んで、この頃になってようやく味わう余裕が出てきた。
だが。
「……田口先生。インスタントだからって、そんなにガッカリしないで下さいね。入れてもらってるのは先生なんですから」
田口の表情の浮かんだ落胆を、丹羽は素早く読み取った。
空かさず釘を差す。
「う、はい……ゴメンなさい、有難く思ってマス」
田口は申し訳なさそうに呟いた。
医局の田口は、地味で目立たない医師だ。お茶にもコーヒーにも余り注文を付けることはない。
しかし、田口はコーヒー党だった。しかも筋金入り。
それを知っているのはごく一部の面々のみであり、丹羽もまたその「ごく一部の面々」の一人だ。
田口の好みがサイフォンで淹れた本格コーヒーというのは丹羽も十分承知だが、病院内で出来ることと出来ないことがある。絶対少数派は、民主主
義的「最大多数の幸福」論に膝を屈するのだ。
つまり、田口はインスタントコーヒーで我慢するしかない。
しょぼくれた田口が可笑しくて、丹羽は笑いながら軽口を叩いた。
「田口先生が教授にでもなって個室を貰えば、好きなように美味しいコーヒーを淹れて貰えますよ、きっと。出世しましょうね」
「…………出世するのは面倒くさいなぁ」
丹羽の提案に、田口はやっぱり草臥れた表情で呟いたのだった。
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COMMENT
相変わらず可愛い
こんばんは。
お仕事疲れの田口先生、お疲れ様です。
私も珈琲党なので仕事後の一杯を求める気持ちがよくわかります。
私はインスタントで満足できるヒトですが、私の中の田口先生は「缶コーヒーやインスタントコーヒーにコーヒーの名を冠することは認めない」という筋金入りの珈琲党なのでインスタントにがっかりな様子が見れて嬉しいです。
そして丹羽さんとのやり取りが相変わらず可愛らしくて萌えます^^
田口先生は出世するのは面倒くさいと思っているのに本人の意思には関係なくリスクマネジメント委員会委員長から霞ヶ関の会議の委員を経てさらに時を経てたまごに至る、その経緯を妄想も膨らみました。
素敵小説を拝読できたおかげで明日の仕事もがんばれそうです。
ありがとうございました。
お仕事疲れの田口先生、お疲れ様です。
私も珈琲党なので仕事後の一杯を求める気持ちがよくわかります。
私はインスタントで満足できるヒトですが、私の中の田口先生は「缶コーヒーやインスタントコーヒーにコーヒーの名を冠することは認めない」という筋金入りの珈琲党なのでインスタントにがっかりな様子が見れて嬉しいです。
そして丹羽さんとのやり取りが相変わらず可愛らしくて萌えます^^
田口先生は出世するのは面倒くさいと思っているのに本人の意思には関係なくリスクマネジメント委員会委員長から霞ヶ関の会議の委員を経てさらに時を経てたまごに至る、その経緯を妄想も膨らみました。
素敵小説を拝読できたおかげで明日の仕事もがんばれそうです。
ありがとうございました。
Re:相変わらず可愛い
いらっしゃいませ、コメント有難うございます。
霧島もインスタントでそこそこ満足出来る人です。豆から淹れた方がやっぱり美味いは美味いけど。
行灯先生はインスタントコーヒーにケチはつけませんが「美味しいコーヒー飲みたいなぁ」と内心思いながら、医局でコーヒー飲んでたでしょう。でなきゃ、「インスタント飲むくらいならお茶!」かもしれない。
そういや、帝華の准教授はお茶は拒否ってたなぁ……この人なら我儘言いそうな気がする。
丹羽さんはすっかり姐さんのポジションです。ウチは丹羽さん登場率高いよなぁ……てか、他のサイトで丹羽さん登場するお話って見たことない気がする……。
神経内科病棟看護主任丹羽千代をよろしくお願いいたします。
霧島もインスタントでそこそこ満足出来る人です。豆から淹れた方がやっぱり美味いは美味いけど。
行灯先生はインスタントコーヒーにケチはつけませんが「美味しいコーヒー飲みたいなぁ」と内心思いながら、医局でコーヒー飲んでたでしょう。でなきゃ、「インスタント飲むくらいならお茶!」かもしれない。
そういや、帝華の准教授はお茶は拒否ってたなぁ……この人なら我儘言いそうな気がする。
丹羽さんはすっかり姐さんのポジションです。ウチは丹羽さん登場率高いよなぁ……てか、他のサイトで丹羽さん登場するお話って見たことない気がする……。
神経内科病棟看護主任丹羽千代をよろしくお願いいたします。