ゴールデンウィークも終わったので、そろそろ今月の企画を打ちたいと思います。今月ったって、来月やる予定の企画なんて無いのですが。
題して、「五月病助長企画・シリアス強化月間」です。
何て縁起のよろしくないタイトルでしょう。
シリアスの持ちネタが3本、うち1本は連載の予定ですので、軽く2週間はこの「シリアス強化」でやっていけます。
今回本気でシリアスですよ――。アンハッピーエンドとは言わないけど、ギリギリな感じ。
まずは小手調べです。
あ、毎度のことながら。霧島は医学的知識はカイムです。
思いっきりウソ吐いてます。深く突っ込まないで下さい……でなかったら、誰か教えて下さい。
題して、「五月病助長企画・シリアス強化月間」です。
何て縁起のよろしくないタイトルでしょう。
シリアスの持ちネタが3本、うち1本は連載の予定ですので、軽く2週間はこの「シリアス強化」でやっていけます。
今回本気でシリアスですよ――。アンハッピーエンドとは言わないけど、ギリギリな感じ。
まずは小手調べです。
あ、毎度のことながら。霧島は医学的知識はカイムです。
思いっきりウソ吐いてます。深く突っ込まないで下さい……でなかったら、誰か教えて下さい。
ぎゅ、ぎゅぎゅ。
タイヤが鳴って、タクシーは横に滑った。
後部座席に座っていた田口は身体を振られ、何が何だか解らないうちにドアに身体を押しつけられる。そこへ圧し掛かるトラックの巨体。
痛みよりも衝撃的だ。
揺さぶられた脳ミソが瞬間思いだしたのは、ここ暫く会えていない速水のことだった。
もう会えないかな、と思った。
その日、当直の速水は奇妙な胸騒ぎを感じていた。
何かが来る予感がしている。
規模は大きくない、だがとても重大な何か。
速水の中の本能的な部分がそう告げている。
そんな有様なので、おちおち仮眠を取る気にもなれず、救命救急センターの部長室のソファに身体を投げ出して、薄く瞼を閉じているだけの状態だった。
そこへ、コール音。
実際、部長室に直接搬入のコールはこない。
だが電話の音を聞いた気がして、速水は立ち上がった。
「40代男性、交通外傷、GCSⅢ-100、圧は60-40」
「受ける」
詳細は聞かずに受けた。
間もなく、赤色灯だけを閃かせて救急車が到着する。
真っ先にストレッチャーに殺到した看護師たちから悲鳴が上がった。
「田口先生っ?!」
「んだとっ!!」
看護師の群れを分けて速水もストレッチャーに近付く。
そこには確かに、頭部と口元から血を流して横たわる田口の姿があった。
血の気が引く思いをしたのは随分と久し振りだった。
心電図モニタの音が耳にこびり付く。
「血圧下がります! 58、52……45!」
「ちっ。開くぞ。用意」
「出来てます!」
相手が知った顔だからとか、それは関係ない。
目の前の患者に全力を尽くすだけ。
動き始めてしまえば、速水の手はいつもと同じように動いた。
術中は患者の顔を強いて見る必要はない。
だが、顔を見ようと何度も意識が動く。
その度に挿入された管と閉ざされた瞼が見えて、速水は目を逸らした。
見たくない。見たくなかった。
いつもの、ぼんやりした笑顔が見たかった。
「はや、み………………?」
意識を取り戻した田口の視界には懐かしい影があった。
思わず笑う。
都合がよすぎ。夢みたいだ。
「このバカ…………っ」
速水の口から一番に出たのは悪口雑言だった。
だがそれも、涙に擦れて力無いものだ。
田口が自力では上げられない手を持ち上げ自分の頬に触れさせながら、速水は田口の頬に手を伸ばした。
ICUにいた頃の、極端な低体温ではない。すっかり乾いてしまった肌が、それでも温かさを伝えてくれる。
彼が生きていると教えてくれている。
「どの、ぐ、らい、経っ、てる…………?」
「事故から4日経ってる。2日ICUにいたけど、一度意識が戻ったから一般病棟に移した。感謝しろよ、病院長の厚意でドア・トゥ・ヘブンを使わせて貰ってるんだぜ」
途切れ途切れに問う田口に、速水は簡単な説明をした。
速水の軽口に、田口は少しだけ表情を歪めた。それが苦笑だと速水は信じた。
田口の手を握る手に力を込める。頼りないが確かに握り返す力がある。
速水が触れていた頬が僅かに動いたので、速水は田口に顔を寄せた。
微笑んだ目元で田口が口を開く。
「愛して、いるよ、速水」
「お前、何…………」
「お前の顔、見たら、言いたくなった、だけだ」
突然の告白に速水は呆気に取られた顔をする。眉間に皺が寄っているのは、縁起でもないと思っているせいかもしれなかった。
そんな速水が可笑しくて、田口はゆるりと笑った。
生きていてよかったと思う。
また会えた。こうして、速水が傍にいる。
今まで照れてばかりで余り口にしたことがなかったが、速水の顔を見たら素直に言いたいと思った。
そしてその速水は、整った顔を歪めて田口の手を強く握った。怪我人に対する配慮のない強さだった。
「バっカや…………っ」
速水の喉から嗚咽がこみ上げてくる。
田口の前で泣きたくなどなかったが今更だった。田口の手術の後も、田口がICUで最初に意識を取り戻した日も、速水の涙腺は壊れている。
速水を泣かせるのは、後にも先にも田口だけだ。
「俺は……っ、お前の、あんな姿を見るために、外科医になったわけじゃない…………っ」
「うん」
「二度はゴメンだ…………っ」
「うん…………」
田口の命運がこの手の中に転がり込んできて、戦慄した。
あの瞬間ほど、自分が救急を選んだことを呪ったことはなかった。
両手で田口の手を握って縋りつく速水に、田口はぽつぽつと頷き返す。
その間遠な頷きが常日頃の田口と重なって、速水は少しだけ安心した。
一か月後、田口は無事退院の運びとなった。
入院中は関係者が多数病室に顔を出した。藤原看護師は出勤日には毎日顔を出したし、高階病院長まで足を運んだ。田口の病室は病院関係者のたまり場みたいな様相になった。
不定愁訴外来はもう暫く休診である。退院したとは言え、松葉杖を突いた状態の医師が患者の心を開くのは難しい。
「のーんびり休んでいいんですよ。休職手当も傷病手当も出ますから」
と、寛大かつ現実的なことを言ったのは病院長だ。
田口が顔を顰めたのは言う間でもなかった。
「俺は」
松葉杖を突いてゆっくり歩く田口の横を、同じ速さでゆっくり歩きながら速水はふと口を開いた。
田口は足を止めて速水を見た。足元を見ないと歩けないので、話をするなら立ち止まらなければならないのだ。
「お前が運ばれてきた時、外科医になったことを後悔したけど。お前が意識を取り戻した時ほど、外科医になってよかったと思ったこともなかったよ」
田口の視線の先で、速水は柔らかく笑う。
田口だけが知っている優しい笑顔だ。田口の頬に熱が上る。
「この手で、お前を助けることが出来てよかった」
「うん…………」
速水の腕が田口に回る。松葉杖の田口を気遣って遠慮がちだ。
バランスを崩さないように注意しながら、田口は頭をそっと速水の肩に預けた。
互いの存在に感謝しながら、二人はそのまま黙って立ち尽くしていたのだった。
タイヤが鳴って、タクシーは横に滑った。
後部座席に座っていた田口は身体を振られ、何が何だか解らないうちにドアに身体を押しつけられる。そこへ圧し掛かるトラックの巨体。
痛みよりも衝撃的だ。
揺さぶられた脳ミソが瞬間思いだしたのは、ここ暫く会えていない速水のことだった。
もう会えないかな、と思った。
その日、当直の速水は奇妙な胸騒ぎを感じていた。
何かが来る予感がしている。
規模は大きくない、だがとても重大な何か。
速水の中の本能的な部分がそう告げている。
そんな有様なので、おちおち仮眠を取る気にもなれず、救命救急センターの部長室のソファに身体を投げ出して、薄く瞼を閉じているだけの状態だった。
そこへ、コール音。
実際、部長室に直接搬入のコールはこない。
だが電話の音を聞いた気がして、速水は立ち上がった。
「40代男性、交通外傷、GCSⅢ-100、圧は60-40」
「受ける」
詳細は聞かずに受けた。
間もなく、赤色灯だけを閃かせて救急車が到着する。
真っ先にストレッチャーに殺到した看護師たちから悲鳴が上がった。
「田口先生っ?!」
「んだとっ!!」
看護師の群れを分けて速水もストレッチャーに近付く。
そこには確かに、頭部と口元から血を流して横たわる田口の姿があった。
血の気が引く思いをしたのは随分と久し振りだった。
心電図モニタの音が耳にこびり付く。
「血圧下がります! 58、52……45!」
「ちっ。開くぞ。用意」
「出来てます!」
相手が知った顔だからとか、それは関係ない。
目の前の患者に全力を尽くすだけ。
動き始めてしまえば、速水の手はいつもと同じように動いた。
術中は患者の顔を強いて見る必要はない。
だが、顔を見ようと何度も意識が動く。
その度に挿入された管と閉ざされた瞼が見えて、速水は目を逸らした。
見たくない。見たくなかった。
いつもの、ぼんやりした笑顔が見たかった。
「はや、み………………?」
意識を取り戻した田口の視界には懐かしい影があった。
思わず笑う。
都合がよすぎ。夢みたいだ。
「このバカ…………っ」
速水の口から一番に出たのは悪口雑言だった。
だがそれも、涙に擦れて力無いものだ。
田口が自力では上げられない手を持ち上げ自分の頬に触れさせながら、速水は田口の頬に手を伸ばした。
ICUにいた頃の、極端な低体温ではない。すっかり乾いてしまった肌が、それでも温かさを伝えてくれる。
彼が生きていると教えてくれている。
「どの、ぐ、らい、経っ、てる…………?」
「事故から4日経ってる。2日ICUにいたけど、一度意識が戻ったから一般病棟に移した。感謝しろよ、病院長の厚意でドア・トゥ・ヘブンを使わせて貰ってるんだぜ」
途切れ途切れに問う田口に、速水は簡単な説明をした。
速水の軽口に、田口は少しだけ表情を歪めた。それが苦笑だと速水は信じた。
田口の手を握る手に力を込める。頼りないが確かに握り返す力がある。
速水が触れていた頬が僅かに動いたので、速水は田口に顔を寄せた。
微笑んだ目元で田口が口を開く。
「愛して、いるよ、速水」
「お前、何…………」
「お前の顔、見たら、言いたくなった、だけだ」
突然の告白に速水は呆気に取られた顔をする。眉間に皺が寄っているのは、縁起でもないと思っているせいかもしれなかった。
そんな速水が可笑しくて、田口はゆるりと笑った。
生きていてよかったと思う。
また会えた。こうして、速水が傍にいる。
今まで照れてばかりで余り口にしたことがなかったが、速水の顔を見たら素直に言いたいと思った。
そしてその速水は、整った顔を歪めて田口の手を強く握った。怪我人に対する配慮のない強さだった。
「バっカや…………っ」
速水の喉から嗚咽がこみ上げてくる。
田口の前で泣きたくなどなかったが今更だった。田口の手術の後も、田口がICUで最初に意識を取り戻した日も、速水の涙腺は壊れている。
速水を泣かせるのは、後にも先にも田口だけだ。
「俺は……っ、お前の、あんな姿を見るために、外科医になったわけじゃない…………っ」
「うん」
「二度はゴメンだ…………っ」
「うん…………」
田口の命運がこの手の中に転がり込んできて、戦慄した。
あの瞬間ほど、自分が救急を選んだことを呪ったことはなかった。
両手で田口の手を握って縋りつく速水に、田口はぽつぽつと頷き返す。
その間遠な頷きが常日頃の田口と重なって、速水は少しだけ安心した。
一か月後、田口は無事退院の運びとなった。
入院中は関係者が多数病室に顔を出した。藤原看護師は出勤日には毎日顔を出したし、高階病院長まで足を運んだ。田口の病室は病院関係者のたまり場みたいな様相になった。
不定愁訴外来はもう暫く休診である。退院したとは言え、松葉杖を突いた状態の医師が患者の心を開くのは難しい。
「のーんびり休んでいいんですよ。休職手当も傷病手当も出ますから」
と、寛大かつ現実的なことを言ったのは病院長だ。
田口が顔を顰めたのは言う間でもなかった。
「俺は」
松葉杖を突いてゆっくり歩く田口の横を、同じ速さでゆっくり歩きながら速水はふと口を開いた。
田口は足を止めて速水を見た。足元を見ないと歩けないので、話をするなら立ち止まらなければならないのだ。
「お前が運ばれてきた時、外科医になったことを後悔したけど。お前が意識を取り戻した時ほど、外科医になってよかったと思ったこともなかったよ」
田口の視線の先で、速水は柔らかく笑う。
田口だけが知っている優しい笑顔だ。田口の頬に熱が上る。
「この手で、お前を助けることが出来てよかった」
「うん…………」
速水の腕が田口に回る。松葉杖の田口を気遣って遠慮がちだ。
バランスを崩さないように注意しながら、田口は頭をそっと速水の肩に預けた。
互いの存在に感謝しながら、二人はそのまま黙って立ち尽くしていたのだった。
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