2000番をゲットした、juru様からのリクエストです。
キリ番ゲットおめでとう&報告とリクエスト有難うございました。
リクエストは拙作「恋の淵、その深みに恐れ」の続きでした。
この話、個人的には気に入っている部類ですので、続きをリクエストされて嬉しいです……が、この時点で管理人の中では完結してるので、難しかったりもします。
まあ取り敢えずガンバってみましたので、どうぞ。
キリ番ゲットおめでとう&報告とリクエスト有難うございました。
リクエストは拙作「恋の淵、その深みに恐れ」の続きでした。
この話、個人的には気に入っている部類ですので、続きをリクエストされて嬉しいです……が、この時点で管理人の中では完結してるので、難しかったりもします。
まあ取り敢えずガンバってみましたので、どうぞ。
極北での勤めを終えて、速水は桜宮に戻ってきた。
一時は辞める決心をしていた東城大病院に再び勤務できるのは有難いことだと思う。
三年の無沙汰に町の様子はさほど変わったとも思えないが、それでも景気の悪さが多少滲んでいるのか。
空の全てがくすんだ色をしていた北国に比べれば、速水の目にはまだ派手派手しい世界をしていた。
「へぇ……お前がこーゆう場所を知ってる方が意外だな」
「失礼な」
速水の帰還祝いだと言って、田口が奢ると言いだした。
田口の案内で引っ張ってこられたのは蓮っ葉通りのジャズバーだった。
田口の奢りなら居酒屋くらいだと踏んでいた速水が正直に言うと、田口は瞬間眉を顰めたがすぐにその顔を苦笑に変えた。
自分でも、らしくないのが解っているらしい。
「知り合いがいるんだ」
そう言って開けた扉は見事に黒かった。店の名前も"ブラックドア"だ。
ほどほどに混雑した店内を抜け、田口は自然にカウンター席の一つに座った。視線に促されて速水もその隣に座る。
「お久し振りですね、田口先生」
「どうも」
初老のバーテンが田口の顔を見て穏やかに笑って言った。白髪の混じり具合が芸術的なほどバランスよく、理想的なシルバーグレイだ。そのバーテンがちらりと速水に目を向ける。
「同期だよ。左遷先から戻ってきてね」
「トバしたのはお前だろ」
「場所を決めたのは病院長。帰還祝いなんだ、お勧めは?」
田口がバーテンに尋ねると、バーテンは少し考え込んでから微笑を浮かべた。そして笑顔のままミキシンググラスを用意した。赤い酒を混ぜ込んで出来上がったものを、二つのグラスに注いで田口と速水の前に出す。
「オールド・パル。懐かしい仲間、という意味ですよ」
「流石」
バーテンの説明に田口も微笑み、グラスを掲げる。速水もグラスを上げて軽く合わせた。ちりん、と小さく涼やかな音がする。
「おかえり、速水」
「うん、ただいま」
田口の穏やかな口調も懐かしかった。
そうして二人黙ってカクテルを口に運んでいると、やがてショーの時間になる。小さな舞台にスポットが落ちた時、田口は視線を舞台へ向けた。速水もつられたように目を向ける。
舞台にはイミテーションの銀のティアラを冠した歌姫と、影のようなピアノ弾きがいた。歌姫が何故か田口の方を見てにこりと笑う。
「あの歌手見覚えあるな……」
「オレンジ2階の看護師だった浜田さんだ。如月さんのお友達」
「ふぅん」
オレンジの看護師と言われても、速水には今一つぴんとこなかった。如月の友達と言われて、まあ多少近くなった印象だ。田口とどういう縁があったのか、そちらの方が気になった。
だが、歌姫が歌い始めると、物思いの全ては歌に溶けていく。
春の花畑にはしゃぐ女児。夏の渚で微笑む少女。
笑っていた私を、覚えていて。
秋の夕暮れに、冬の雪月夜に、儚い姿が瞼の裏に鮮やかに焼きつく。
「何だ、これ…………」
「科学的に説明はつくけど……野暮は言わないよ」
見える景色に戸惑っていると、田口が小さく笑った。
田口がそう言うので、ただ美しい世界に流されるままにする。
何曲かを立て続けに披露した後、ふと歌姫はピアノ弾きに囁いた。
一呼吸置いて、優しい旋律が突如変化する。斬り付けられるほどの音が広くない店内に荒れ狂う。
この音は聴きたくない。
遠い昔に封印した恐れが呼び起こされる。
速水は咄嗟にグラスから手を離して、強く拳を固めた。恐怖に耐えようとするあまりにグラスを握り潰してしまいそうだった。
水落冴子の「ラプソディ」だ。
どうしてあの歌姫が歌うのかは知らないが、ピアノを弾いているのが城崎だということに今頃気付いた。歌い手が違っても、「ラプソディ」のためのピアノは相変わらず嵐のように攻撃的で刺々しい。
瞼に甦るのは、先ほどまでの優しくて美しい世界ではなかった。
手に入れたかった。今でも、欲しくて堪らない。
のらりくらりと誤魔化し続けていた激情が刺激される。
三年の別離は結局何の役にも立たなかった。
田口がまったく変わっていないのが悪い。学生時代に好きだと思った田口のまま、速水の隣でのうのうとしているのが悪い。
だが、いくら「ラプソディ」が速水を誘惑しても、握りしめた拳を開いて田口の手を取ることは出来ない。
これからの時間を苦痛とともに耐える覚悟を決めた速水の耳に、歌姫の声が被さる。
最初は荒々しいピアノに揺さぶられて足掻き、嘆き、打ちひしがれた声が、やがて一つのきっかけを掴んで檻を破る。駆け出す為の脚、羽ばたく為の翼、戦う為の心を手に入れる。
「あぁ…………」
速水が伸ばした手を取って、淡く微笑む田口の幻が見えた。
指先に落とされるキス、照れが混ざった微苦笑。触れることを許された歓喜がリアルに速水を包む。
幻で終わらせたくはなかった。
望みは少ないけれど皆無ではないし、口に出さなければそもそもゼロだ。
ぽろん、と最初とは打って変ったように優しい、雨垂れのようなピアノがラストに落ちる。
握りしめていた手を開き、速水は隣の田口の手にそっと触れた。
田口が瞬間目を見開いたが、すぐに視線を逸らして目を伏せる。薄暗い店内で解り難いが、頬が赤くなっているような気がする。
「ここじゃダメだから…………」
囁かれる声に、速水は一度強く田口の手を握ると、バーテンに見られる前に手を離した。懐を探ってさっさと支払いの準備をする。田口は奢ると言ったが、田口を待つより自分で払った方が早い。
「出よう」
速水のセリフに田口は困ったような表情でそれでも笑った。
ずっと欲しかったものを、速水は手に入れた。
一時は辞める決心をしていた東城大病院に再び勤務できるのは有難いことだと思う。
三年の無沙汰に町の様子はさほど変わったとも思えないが、それでも景気の悪さが多少滲んでいるのか。
空の全てがくすんだ色をしていた北国に比べれば、速水の目にはまだ派手派手しい世界をしていた。
「へぇ……お前がこーゆう場所を知ってる方が意外だな」
「失礼な」
速水の帰還祝いだと言って、田口が奢ると言いだした。
田口の案内で引っ張ってこられたのは蓮っ葉通りのジャズバーだった。
田口の奢りなら居酒屋くらいだと踏んでいた速水が正直に言うと、田口は瞬間眉を顰めたがすぐにその顔を苦笑に変えた。
自分でも、らしくないのが解っているらしい。
「知り合いがいるんだ」
そう言って開けた扉は見事に黒かった。店の名前も"ブラックドア"だ。
ほどほどに混雑した店内を抜け、田口は自然にカウンター席の一つに座った。視線に促されて速水もその隣に座る。
「お久し振りですね、田口先生」
「どうも」
初老のバーテンが田口の顔を見て穏やかに笑って言った。白髪の混じり具合が芸術的なほどバランスよく、理想的なシルバーグレイだ。そのバーテンがちらりと速水に目を向ける。
「同期だよ。左遷先から戻ってきてね」
「トバしたのはお前だろ」
「場所を決めたのは病院長。帰還祝いなんだ、お勧めは?」
田口がバーテンに尋ねると、バーテンは少し考え込んでから微笑を浮かべた。そして笑顔のままミキシンググラスを用意した。赤い酒を混ぜ込んで出来上がったものを、二つのグラスに注いで田口と速水の前に出す。
「オールド・パル。懐かしい仲間、という意味ですよ」
「流石」
バーテンの説明に田口も微笑み、グラスを掲げる。速水もグラスを上げて軽く合わせた。ちりん、と小さく涼やかな音がする。
「おかえり、速水」
「うん、ただいま」
田口の穏やかな口調も懐かしかった。
そうして二人黙ってカクテルを口に運んでいると、やがてショーの時間になる。小さな舞台にスポットが落ちた時、田口は視線を舞台へ向けた。速水もつられたように目を向ける。
舞台にはイミテーションの銀のティアラを冠した歌姫と、影のようなピアノ弾きがいた。歌姫が何故か田口の方を見てにこりと笑う。
「あの歌手見覚えあるな……」
「オレンジ2階の看護師だった浜田さんだ。如月さんのお友達」
「ふぅん」
オレンジの看護師と言われても、速水には今一つぴんとこなかった。如月の友達と言われて、まあ多少近くなった印象だ。田口とどういう縁があったのか、そちらの方が気になった。
だが、歌姫が歌い始めると、物思いの全ては歌に溶けていく。
春の花畑にはしゃぐ女児。夏の渚で微笑む少女。
笑っていた私を、覚えていて。
秋の夕暮れに、冬の雪月夜に、儚い姿が瞼の裏に鮮やかに焼きつく。
「何だ、これ…………」
「科学的に説明はつくけど……野暮は言わないよ」
見える景色に戸惑っていると、田口が小さく笑った。
田口がそう言うので、ただ美しい世界に流されるままにする。
何曲かを立て続けに披露した後、ふと歌姫はピアノ弾きに囁いた。
一呼吸置いて、優しい旋律が突如変化する。斬り付けられるほどの音が広くない店内に荒れ狂う。
この音は聴きたくない。
遠い昔に封印した恐れが呼び起こされる。
速水は咄嗟にグラスから手を離して、強く拳を固めた。恐怖に耐えようとするあまりにグラスを握り潰してしまいそうだった。
水落冴子の「ラプソディ」だ。
どうしてあの歌姫が歌うのかは知らないが、ピアノを弾いているのが城崎だということに今頃気付いた。歌い手が違っても、「ラプソディ」のためのピアノは相変わらず嵐のように攻撃的で刺々しい。
瞼に甦るのは、先ほどまでの優しくて美しい世界ではなかった。
手に入れたかった。今でも、欲しくて堪らない。
のらりくらりと誤魔化し続けていた激情が刺激される。
三年の別離は結局何の役にも立たなかった。
田口がまったく変わっていないのが悪い。学生時代に好きだと思った田口のまま、速水の隣でのうのうとしているのが悪い。
だが、いくら「ラプソディ」が速水を誘惑しても、握りしめた拳を開いて田口の手を取ることは出来ない。
これからの時間を苦痛とともに耐える覚悟を決めた速水の耳に、歌姫の声が被さる。
最初は荒々しいピアノに揺さぶられて足掻き、嘆き、打ちひしがれた声が、やがて一つのきっかけを掴んで檻を破る。駆け出す為の脚、羽ばたく為の翼、戦う為の心を手に入れる。
「あぁ…………」
速水が伸ばした手を取って、淡く微笑む田口の幻が見えた。
指先に落とされるキス、照れが混ざった微苦笑。触れることを許された歓喜がリアルに速水を包む。
幻で終わらせたくはなかった。
望みは少ないけれど皆無ではないし、口に出さなければそもそもゼロだ。
ぽろん、と最初とは打って変ったように優しい、雨垂れのようなピアノがラストに落ちる。
握りしめていた手を開き、速水は隣の田口の手にそっと触れた。
田口が瞬間目を見開いたが、すぐに視線を逸らして目を伏せる。薄暗い店内で解り難いが、頬が赤くなっているような気がする。
「ここじゃダメだから…………」
囁かれる声に、速水は一度強く田口の手を握ると、バーテンに見られる前に手を離した。懐を探ってさっさと支払いの準備をする。田口は奢ると言ったが、田口を待つより自分で払った方が早い。
「出よう」
速水のセリフに田口は困ったような表情でそれでも笑った。
ずっと欲しかったものを、速水は手に入れた。
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COMMENT
お久しぶりです
こんばんは。
ずいぶんご無沙汰してしまいました;;
田口先生女体化小説誠に堪能させていただきました。
ジェネラル帰還のこちらの作品も大変悦でした。
田口先生は杉山由紀さんのことをきっとずっと忘れずにいる、彼はそんな優しさと責任感を持った人だなと思います。
ラプソディを聞いてからの速水の言動は一つ一つが思いっきり!ツボでした^^
次回の更新も期待しています。
ずいぶんご無沙汰してしまいました;;
田口先生女体化小説誠に堪能させていただきました。
ジェネラル帰還のこちらの作品も大変悦でした。
田口先生は杉山由紀さんのことをきっとずっと忘れずにいる、彼はそんな優しさと責任感を持った人だなと思います。
ラプソディを聞いてからの速水の言動は一つ一つが思いっきり!ツボでした^^
次回の更新も期待しています。
Re:お久しぶりです
こちらこそ、ご無沙汰いたしております。連休を如何お過ごしでしょうか?
4月中の連載も今回の一作もお楽しみいただけたようで、こちらも一安心です。
>青本プリンセス
行灯先生は意外と人のことは覚えてるタイプだと思うんですよね。緑本の中に「脳内人物ファイルに該当しない」とか言ってるから。青本以後、予想外の方向に転がる小夜ちゃんですが、行灯先生とはちょっと仲良しでいてくれるといいなぁという勝手な希望です。
キリリクのコメディとか、個人的な五月の企画とか……今月も盛りだくさんの予定です(苦笑)。よろしくお付き合い下さいませ。
4月中の連載も今回の一作もお楽しみいただけたようで、こちらも一安心です。
>青本プリンセス
行灯先生は意外と人のことは覚えてるタイプだと思うんですよね。緑本の中に「脳内人物ファイルに該当しない」とか言ってるから。青本以後、予想外の方向に転がる小夜ちゃんですが、行灯先生とはちょっと仲良しでいてくれるといいなぁという勝手な希望です。
キリリクのコメディとか、個人的な五月の企画とか……今月も盛りだくさんの予定です(苦笑)。よろしくお付き合い下さいませ。