「俺は嫌だ」
速水の声に息が詰まった。
真っ向から見据えられて、田口は逃げ出したくなる。
速水のセリフが脳裏を巡り、出た結論は速水に拒絶されたということだ。
重要なのはそこだけのような気がした。
「今まで通り? 冗談じゃねえよ。無かったことになんか出来るか」
切れ味のいい声に、ますます心が竦み上がる。
二十年来の友人関係は音を立てて砕けた……かと田口が思った時、速水は田口の手を掴んだ。
イージーパンツを強く握って震えを堪えていた手を、ゆっくりと解すように指を絡めていった。
「この三日、お前が傍にいて俺は楽しかったんだ。今日帰った時、お前が家にいなくてすげえガッカリした。俺は、今まで通りじゃなくて、そんな風にお前と付き合いたい」
「そんなふう、って」
「ん――、プライベートを共有するような付き合い?」
絡み合う指に半分意識が持っていかれているが、田口は速水の言葉に集中しようとした。
速水と一緒にいて楽しかったのは田口も同じだ。
だが簡単には頷けなかった。
「お前がそう思うのは、今、俺が、女だからじゃないのか? お前言ったろ、気楽な付き合いの出来る女がいないかって。それで勘違いしてるんだ」
田口の言葉に速水は眉を顰めた。指に力が籠って強く手を握られる。
「言っとくが田口、この三日、俺はお前を女だと思ってなかったぞ」
「え?」
「確かに外側は女だけどな、喋りの中身とかメシとか、お前は田口のまんまだったよ。そこは自覚あるんだろ? 性格までは変わってないって」
「うん…………」
速水の言う通りなので、頷く。
田口が頷くのを見て速水も一つ頷き、それからまた続けた。
「俺は、文句言いながらメシ作って、下らないことダベりながら酒飲んで、そーゆうお前を可愛いと思って見てたよ。この三日。女だからとかは関係ないだろ、それ」
「嘘だ」
「何で」
咄嗟に返した言葉に、更に速水の顔が険を帯びた。
速水の機嫌が下降気味なのを察するが、今更それで怯える付き合いではない。
掴まれた手を払ってしまいたかったが、速水がそれを許さなかった。
「女だと思ってなくて、だったら俺を抱けるワケないだろ」
「俺が雰囲気に流されて、目の前にいた女をテキトーに抱いただけだって?」
速水の手に更に力が入る。いつの間にか田口の手は床に押さえつけられていた。
棘のある言葉に、田口は小さく頷いた。
速水の唇が歪んだ笑みを浮かべる。
「いいこと教えてやろうか。俺は、ちゃんと田口だと思ってお前を抱いてたぜ」
「…………っ」
信じられない、まさか。
言葉にしなくても、そんな思いは態度に出た。目を見開いてしまう。
田口の様子を見て速水はますます笑う。
「お前、ヤってる最中に俺の名前呼んだろ、『速水』って。女に名字呼び捨てにされるなんて記憶に無いからな。お前が呼ぶたんびにゾクゾクした」
速水の笑みは怖い。粗野な部分を滲ませて、人を従えてしまう暴力的な迫力がある。
だが、セクシャルな魅力に抗えない。これも、今の自分の身体が女であるせいか。
解らないまま、速水の言葉に呑まれていく。
「俺が抱いてるのはフツーの女じゃない。田口だ。そう思ったら興奮した」
次第に速水の声が遠くなっていく。視界が霞む。
体調の変異に気付いて声を上げようとしたが、喉が焼けついたように動かなかった。意識が遠くなる。
「俺は多分」
最後に聞こえたのは、カチリという秒針が打つ音。
時計は灰かぶり姫のリミットを指していた。
田口の意識はそこで途切れた。
速水の声に息が詰まった。
真っ向から見据えられて、田口は逃げ出したくなる。
速水のセリフが脳裏を巡り、出た結論は速水に拒絶されたということだ。
重要なのはそこだけのような気がした。
「今まで通り? 冗談じゃねえよ。無かったことになんか出来るか」
切れ味のいい声に、ますます心が竦み上がる。
二十年来の友人関係は音を立てて砕けた……かと田口が思った時、速水は田口の手を掴んだ。
イージーパンツを強く握って震えを堪えていた手を、ゆっくりと解すように指を絡めていった。
「この三日、お前が傍にいて俺は楽しかったんだ。今日帰った時、お前が家にいなくてすげえガッカリした。俺は、今まで通りじゃなくて、そんな風にお前と付き合いたい」
「そんなふう、って」
「ん――、プライベートを共有するような付き合い?」
絡み合う指に半分意識が持っていかれているが、田口は速水の言葉に集中しようとした。
速水と一緒にいて楽しかったのは田口も同じだ。
だが簡単には頷けなかった。
「お前がそう思うのは、今、俺が、女だからじゃないのか? お前言ったろ、気楽な付き合いの出来る女がいないかって。それで勘違いしてるんだ」
田口の言葉に速水は眉を顰めた。指に力が籠って強く手を握られる。
「言っとくが田口、この三日、俺はお前を女だと思ってなかったぞ」
「え?」
「確かに外側は女だけどな、喋りの中身とかメシとか、お前は田口のまんまだったよ。そこは自覚あるんだろ? 性格までは変わってないって」
「うん…………」
速水の言う通りなので、頷く。
田口が頷くのを見て速水も一つ頷き、それからまた続けた。
「俺は、文句言いながらメシ作って、下らないことダベりながら酒飲んで、そーゆうお前を可愛いと思って見てたよ。この三日。女だからとかは関係ないだろ、それ」
「嘘だ」
「何で」
咄嗟に返した言葉に、更に速水の顔が険を帯びた。
速水の機嫌が下降気味なのを察するが、今更それで怯える付き合いではない。
掴まれた手を払ってしまいたかったが、速水がそれを許さなかった。
「女だと思ってなくて、だったら俺を抱けるワケないだろ」
「俺が雰囲気に流されて、目の前にいた女をテキトーに抱いただけだって?」
速水の手に更に力が入る。いつの間にか田口の手は床に押さえつけられていた。
棘のある言葉に、田口は小さく頷いた。
速水の唇が歪んだ笑みを浮かべる。
「いいこと教えてやろうか。俺は、ちゃんと田口だと思ってお前を抱いてたぜ」
「…………っ」
信じられない、まさか。
言葉にしなくても、そんな思いは態度に出た。目を見開いてしまう。
田口の様子を見て速水はますます笑う。
「お前、ヤってる最中に俺の名前呼んだろ、『速水』って。女に名字呼び捨てにされるなんて記憶に無いからな。お前が呼ぶたんびにゾクゾクした」
速水の笑みは怖い。粗野な部分を滲ませて、人を従えてしまう暴力的な迫力がある。
だが、セクシャルな魅力に抗えない。これも、今の自分の身体が女であるせいか。
解らないまま、速水の言葉に呑まれていく。
「俺が抱いてるのはフツーの女じゃない。田口だ。そう思ったら興奮した」
次第に速水の声が遠くなっていく。視界が霞む。
体調の変異に気付いて声を上げようとしたが、喉が焼けついたように動かなかった。意識が遠くなる。
「俺は多分」
最後に聞こえたのは、カチリという秒針が打つ音。
時計は灰かぶり姫のリミットを指していた。
田口の意識はそこで途切れた。
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