本みりんの日

ラスト！　とうとうここまで来ました。
それでは本日の記念日です。

本みりんの日

……だけ、なんですが。ちょっと悲しい。
でもいい！　ガンバった、私。
一日回線事情が悪くて日付捏造した以外は、ちゃんと当日アップも出来たし。キリ番もそれなりにこなしたし。
結構細かい調べ物をしたりと、雑学の勉強にもなった一カ月でした。
期間中、いろんな方に励ましのお言葉を頂きました。嬉しかったです。
応援して下さった方々、読んで下さった皆様に、改めてお礼申し上げます。お付き合い有難う御座いました。


別れの挨拶みたいですけど、当サイトはまだ続きますヨ。
12月企画にもお付き合い下さると有難いです。

東城大病院神経内科医局長・兵藤勉は、自宅近所のスーパーマーケット内で救命救急センター部長・速水晃一を見かけた。
まんざら知らない顔でもないし、挨拶ぐらいはした方がいいかと思って近寄ると、速水が電話中であることに気付く。
携帯電話が普及している昨今、さほど珍しい光景ではなかった。
聞き耳を立てたつもりはない。聞こえてしまったのだ。
もっとも、兵藤が幾らそう主張しても、兵藤の周囲の人たちはそうは思わないだろうが。

「あ、あったあった。なあ、どれ買えばいいの？　みりんは解ってるって、だからどれだよ？　えっと、本みりんと、純米本みりんってのとあるけど。安い方？　それなら本みりんって方か……ん？　なあ、みりん風調味料ってのあるぜ。そっちの方が安い……あ、本みりんでいいんだな。サイズは？　大中小とあるけど？　中ね、解った。んじゃ、買ったらすぐ帰るから。肉じゃが、約束だぞ」

調味料の棚の前で喋っていた速水は、電話を切って中サイズの本みりんを一本手に取った。
レジへ向かおうとしたところで、兵藤の姿に気付いた。
目が合ってから逃げることも出来ず、兵藤は小さく会釈をする。
速水は気さくに笑った。

「よお、兵藤医局長。買い物か？」
「え、あ、はい……速水部長もですか？」
「頼まれてな。ったく、人遣いが荒いんだ、アイツ」

スーパーマーケットに、買い物以外の用事があるとも思えないが。
このあたりが一般的な会話の滑り出しだろう。
兵藤が言うと、速水は手の中の本みりんのペットボトルに目を落とし、苦笑を浮かべた。
電話の遣り取りから、速水が「おつかい」に来ていたのは明白だった。
問題は「アイツ」が誰であるか、なのだが。
兵藤の明敏なカンが、速水の口調に混じっているモノに気付く。
そう、それは惚気成分だ。

「じゃあな」
「あ、はい、失礼しまーす」

兵藤が自分の発見に狂喜しているうちに、速水は軽く手を挙げて別れの挨拶にした。
本みりんを持っている方の手を挙げるものだから、本みりんを掲げるような形になった。
兵藤ももう一度小さな会釈をして、速水と別れる。
レジの列に並ぶ速水の後ろ姿を見送りながら、兵藤はにんまりと笑った。



救急救命センター部長・速水晃一には料理上手のカノジョがいて、そのカノジョに頼まれて買い物に行くほど、尻に敷かれているらしい。
数日後の東城大病院内を駆け回った噂話の、震源地が何処かなんて、問う間でもなかった。

「やっぱり噂になったなぁ」
「兵藤のヤツ…………」

不定愁訴外来で、速水は噂を面白がって口笛を吹いた。
不定愁訴外来の主・田口の方はあまりに予想通りの展開に脱力していた。
速水に「おつかい」を頼んだのは田口だった。
自分たちのことを噂されているにも関わらず、余り怒る気にならないのは、既に想定の範囲内の出来事だからである。

「ま、今回はあながち嘘じゃないしな」
「何処がだよ？」

田口の肩を抱き寄せ、髪を弄りながら速水は呟いた。
田口は不満そうな声で速水を睨む。
田口の上目遣いにそそられながら速水は笑った。

「料理上手な恋人の、尻に敷かれてるってところとかな」
「敷いてない！」

田口が最も気に入らないのはその点だったのだ。
田口は噛みつくような勢いで反論したが、速水の方は喉の奥で笑った。

「敷かれてると思うけどな。だって俺、お前に逆らえねーもん。それだけ惚れてるってことだけど」
「おまっ」

そう言って、速水は田口の額に音を立ててキスをした。
途端に顔を赤らめて、田口は額を隠すように速水の肩に俯いた。
恋人の可愛らしい反応に、速水は微笑を浮かべて更に田口の肩をきつく抱き締めたのだった。