速水の部屋は相変わらず汚かった。まあ、男の一人暮らしならこんなものだろう。
食生活について苦言を呈すれば、だったらお前が作れと匂わされる。速水に食事を催促されるのには余り抵抗がなかった。学生時代から、何かと速水は手料理をたかりにやってくる。田口の料理なんて高が知れているが、速水に言わせれば「女が気合い入れまくりでポイント稼ぎに作る料理なんて怖くて食えない」のだそうだ。世の男性陣に殺されても文句は言えまい。
買い物に行く際に当り前のように肘を差し出されたのがいつもと違っている。その肘を掴むのに躊躇しなかった自分に気付いて、田口は内心溜息を吐いた。
ヤバイ、という気がする。
速水が優しいのは対女性限定だ。この優しさに慣れるワケにはいかなかった。
速水に野菜を食わせるのが目的なので、具だくさんの汁を作り上げた。豆腐が入っているので定義はけんちん汁だ。これで豚肉を入れれば豚汁、里芋なら芋の子汁。田口の料理はそのレベルである。
わかめの酢の物とキャベツの浅漬けを添えれば、野菜の摂取量は格段にあがる。タンパク質は照り焼きにしたブリと汁物の豆腐、酢の物に入れた竹輪。まあ、バランスは取れている方か。
「おおっ」
食卓に並んだ皿を見て、速水は感嘆の声を上げた。田口はちょっと自慢げな気分になる。何せ速水に勝てる分野など限られているのだ。
「いただきます」
「はいどうぞ」
目の前に製作者がいるせいか、速水は礼儀正しく述べてから箸をつけた。汁物の具を二切れ、三切れまとめて口に放り込む。
速水が黙々と食べるのを見て、田口も料理に手を付けた。汁物の塩分濃度に自分で合格点を出した。
だが、
「薄味じゃね?」
速水の方から文句が出る。田口は顰め面になった。
「健康的だろ。作ってもらった分際でケチつけんな」
「へーへー」
コイツに感謝の心とゆーものはないのか。
仏頂面で食べていたら、不意に速水が笑いだした。田口は顔を上げて首を傾げた。
「何だよ?」
「いやぁ、女相手にメシ作ってもらって挙句文句言ったら、絶対ヒスられると思ってさ」
「俺は女じゃないだろ」
「ああ、解ってるよ。だから気楽なんだろ、気ィ遣わなくていいし」
傍若無人に見える速水にも、気遣いが必要なシーンは多々あったらしい。
いちいち詳しく速水の女性遍歴を把握しているわけではないが、仕事の多忙を理由に破局することが多いらしかった。遅刻とドタキャンを繰り返してそのうち自然消滅、らしい。
「どっかにいないかな、お前みたいな、気楽に付き合える女」
「…………男友達を基準に交際相手を探すな。それと、気楽なのは二十年の付き合い故だ。気楽さを求めるなら二十年付き合え」
「二十年は無理だろ、ジジイになっちまう」
酷く返答に迷う呟きだった。
自分が女だったらここは口説きポイントだろう。だが、外側はともかく田口は男だ。
こんなセリフに心拍数を上げるなんて、そっちの方がおかしい。
田口はようようのことで答えを返した。
田口の無理難題に速水はカラカラと笑った。
速水の家にはつまみだけはやたらあったので、食後は酒宴となった。
柿ピーを皿に空け、冷やしてあった発泡酒を缶のまま飲み始める。
話題は仕事の愚痴や旧友の話題、院内の噂話だった。田口は狸病院長に対する悪口をひとしきり並べ、速水は医局間交流で来ている外科医の使えなさを愚痴る。
そのうちに速水の声がだんだんと遠くなっていた。
「あ、れ?」
「酔ったのか?」
「ん――――そんなことないけど…………」
まだロング缶が2本半だ。いつもだったら口が軽くなるくらいの量である。
だが、このまとまらない思考とふわふわする足元。
ああ酔ってるな、と他人事のように田口は思う。
「体重が軽いから酔いやすいのか?」
「そーかもしんなーい…………」
速水の推論にぼんやりと田口は頷いた。
酩酊感が心地よい。ふわふわした足元も何だか楽しくて仕方がなかった。
「まったく、世話が焼ける…………」
アップになった速水の顔に、やっぱりいい男だよなぁと思って、田口は微笑を浮かべた。
食生活について苦言を呈すれば、だったらお前が作れと匂わされる。速水に食事を催促されるのには余り抵抗がなかった。学生時代から、何かと速水は手料理をたかりにやってくる。田口の料理なんて高が知れているが、速水に言わせれば「女が気合い入れまくりでポイント稼ぎに作る料理なんて怖くて食えない」のだそうだ。世の男性陣に殺されても文句は言えまい。
買い物に行く際に当り前のように肘を差し出されたのがいつもと違っている。その肘を掴むのに躊躇しなかった自分に気付いて、田口は内心溜息を吐いた。
ヤバイ、という気がする。
速水が優しいのは対女性限定だ。この優しさに慣れるワケにはいかなかった。
速水に野菜を食わせるのが目的なので、具だくさんの汁を作り上げた。豆腐が入っているので定義はけんちん汁だ。これで豚肉を入れれば豚汁、里芋なら芋の子汁。田口の料理はそのレベルである。
わかめの酢の物とキャベツの浅漬けを添えれば、野菜の摂取量は格段にあがる。タンパク質は照り焼きにしたブリと汁物の豆腐、酢の物に入れた竹輪。まあ、バランスは取れている方か。
「おおっ」
食卓に並んだ皿を見て、速水は感嘆の声を上げた。田口はちょっと自慢げな気分になる。何せ速水に勝てる分野など限られているのだ。
「いただきます」
「はいどうぞ」
目の前に製作者がいるせいか、速水は礼儀正しく述べてから箸をつけた。汁物の具を二切れ、三切れまとめて口に放り込む。
速水が黙々と食べるのを見て、田口も料理に手を付けた。汁物の塩分濃度に自分で合格点を出した。
だが、
「薄味じゃね?」
速水の方から文句が出る。田口は顰め面になった。
「健康的だろ。作ってもらった分際でケチつけんな」
「へーへー」
コイツに感謝の心とゆーものはないのか。
仏頂面で食べていたら、不意に速水が笑いだした。田口は顔を上げて首を傾げた。
「何だよ?」
「いやぁ、女相手にメシ作ってもらって挙句文句言ったら、絶対ヒスられると思ってさ」
「俺は女じゃないだろ」
「ああ、解ってるよ。だから気楽なんだろ、気ィ遣わなくていいし」
傍若無人に見える速水にも、気遣いが必要なシーンは多々あったらしい。
いちいち詳しく速水の女性遍歴を把握しているわけではないが、仕事の多忙を理由に破局することが多いらしかった。遅刻とドタキャンを繰り返してそのうち自然消滅、らしい。
「どっかにいないかな、お前みたいな、気楽に付き合える女」
「…………男友達を基準に交際相手を探すな。それと、気楽なのは二十年の付き合い故だ。気楽さを求めるなら二十年付き合え」
「二十年は無理だろ、ジジイになっちまう」
酷く返答に迷う呟きだった。
自分が女だったらここは口説きポイントだろう。だが、外側はともかく田口は男だ。
こんなセリフに心拍数を上げるなんて、そっちの方がおかしい。
田口はようようのことで答えを返した。
田口の無理難題に速水はカラカラと笑った。
速水の家にはつまみだけはやたらあったので、食後は酒宴となった。
柿ピーを皿に空け、冷やしてあった発泡酒を缶のまま飲み始める。
話題は仕事の愚痴や旧友の話題、院内の噂話だった。田口は狸病院長に対する悪口をひとしきり並べ、速水は医局間交流で来ている外科医の使えなさを愚痴る。
そのうちに速水の声がだんだんと遠くなっていた。
「あ、れ?」
「酔ったのか?」
「ん――――そんなことないけど…………」
まだロング缶が2本半だ。いつもだったら口が軽くなるくらいの量である。
だが、このまとまらない思考とふわふわする足元。
ああ酔ってるな、と他人事のように田口は思う。
「体重が軽いから酔いやすいのか?」
「そーかもしんなーい…………」
速水の推論にぼんやりと田口は頷いた。
酩酊感が心地よい。ふわふわした足元も何だか楽しくて仕方がなかった。
「まったく、世話が焼ける…………」
アップになった速水の顔に、やっぱりいい男だよなぁと思って、田口は微笑を浮かべた。
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