DARK ECHO・２

二回目です。予定通り三回連載になりそうです。
コレ、ネット中断中にメモ帳を利用して作ってました。
長さの見当がつかなかったので、いつも通りに霧島的場面割をしましたです。まあ、そう悪くないカンジ。
普段はブログ一発書きですので、「ストック持ち、コピペで一発」という状態はちょっと不思議な気分でした。三回目はそうはいかない……。

あ、サイト18000超えてましたね。
いつものことながら、御来訪有難う御座います。

ぴるるるる、と携帯していた内線電話が音を立てた。

「あ」

その瞬間、まさに速水は正気を取り戻した。
自分の状態を瞬時に把握する。
把握したはいいが、さて、自分がどうしてこうなっているのか解らない。
病院の屋上で、フェンスに上って、身を乗り出しかけているなんて。
東城デパート火災の際に、「高みの恐怖」を味わって以来、こういうギリギリの行為は避けていたのだ。
速水が自分自身に首を傾げている間にも、ぴるるるる、と何処か可愛らしい音で内線電話が速水を呼んでいる。
速水はフェンスから飛び降りると、手慣れた操作をして内線電話に出た。
報告を聞いているうちに、速水の脳は搬送されてくる患者に集中し始める。
頭の奥に反響していた声は、いつの間にか消えていた。



「速水！」
「え」

唐突に手を掴まれて、速水は驚いて隣を見た。田口の真剣な瞳とかち合う。
田口の顔を見て、それから田口に掴まれた腕を見て、速水は瞠目した。
右手に握った包丁で、左の手首を切ろうとしているところだった。

「え」
「驚いたのは俺だよ、まったく」

速水の驚愕の声に、田口は少しばかり呆れた表情を浮かべる。
田口は速水の手を取って、右手から包丁を放した。
そのまま手を繋いでリビングのテーブルへと誘導した。
されるがままに椅子に腰を下ろし、田口の手が速水の右手を解いていくのを見つめていた。
外科で鍛えられた速水の手とは違い、内科の田口の手にはペンだこぐらいしか硬い部分がない。

「なあ……どうしたんだ？　最近ヘンじゃないか？」

田口は速水の手を撫でながら小さな声で尋ねた。聞いていいのか悪いのか、慮る声音だ。
速水自身も、何となく不審なものを感じていた。
浅い眠り、屋上のフェンス、包丁。
ただ、自分の中に何があるのか、自分自身でさえ掴めていない。
己の思考を内へ向け、意識の奥底を探ろうとする。

「声が」

速水はぽつりと呟いた。速水が言ったことが解らなくて、田口は首を傾げた。
脳裏の奥の奥、一番暗い場所で声がしている。
意識を注いで聞こうとすると、次第に大きくなってくる。
速水の思考を占拠して、目の前を塞いでしまうような感覚だった。
危ない、と思う。
咄嗟に手の中のものを力任せに握って縋った。

「っつぅ…………」

田口の声で、不意に速水の視界が晴れた。
今居る場所と目の前の相手と、自分自身の輪郭を取り戻す。
ぎゅうぎゅうに手を握られた田口が顔を顰めている。
速水は慌てて力を抜いた。

「悪い」
「ん、大丈夫…………」

田口は拳を握ったり開いたりして、強張った指先を動かした。
田口が満足するのを見計らって、速水はもう一度田口の手を捕まえた。
今度は柔らかく、体温を感じる為に手を繋ぐ。

「よく解らんけど、お前がいれば大丈夫だ」
「そうなのか…………？」

怪訝そうな田口に構わず、速水は田口の指先にキスを落とした。
身を乗り出して田口の唇にもキスをする。
啄ばむようなキスを何度か繰り返した後、薄く開いた田口の咥内に舌を忍びこませる。
飲み下しきれなかった唾液がテーブルに落ちた。
田口の弾む呼吸と粘膜伝いの体温に夢中になるうちに、脳裏の声は遠ざかっていった。



ピ――っという高い機械音は、警戒心を掻き立てるにはどこか弱い。
警報だ。だが、何の音だろう。
速水はぼんやりと突っ立っていた。
鼻を刺激する、不愉快な匂い。
不快だと思うのに、発生源を探す気力は出てこない。
そうだ、これはガスの匂いだ。


頭の奥で声がする。
お前も来い、とその声は叫んでいた。