『お呼び出しを申し上げます。神経内科の田口先生、神経内科の田口先生、病院長室までお越し下さい』
呼び出し放送に田口は眉間に皺を寄せた。
うどんがあと半分残っているが、焦って箸を早めたりはしなかった。断固、してやるものかと思う。
周囲からヒソヒソと声がするのは気のせいではない筈だ。
病院長が懐刀と言われる田口を呼び出すなんて何の悪巧みだ、という好奇心交りの戦々恐々という気配。
自分の身の丈に合わない事態に田口は溜息を吐きたくなるのだった。
「田口先生にお客さんです。こちら、帝華大病院産婦人科准教授の清川君」
「はあ…………」
病院長室で引き合わされた客人に、田口は鈍い反応を返すしかなかった。
年齢は同じくらい、背は向こうの方が高い。
スーツ姿に隙が無く、且つ洒落た華やかな印象が見える。絶対に遊び人か女ったらしの部類だ。
外見はともかく、何だって、帝華大の准教授が自分に会いにくるのだか。まして産婦人科は門外漢もいいところだというのに。
そういう、真っ正直な表情が出ていたのだろう、高階は苦笑を一つ浮かべた。
「田口先生にはこう言った方がいいかもしれませんね。彼は、速水君の好敵手ですよ。医鷲旗の優勝決定戦を覚えているでしょう?」
「ああ、あの時の」
「速水をご存じですか」
清川に問われて、田口は笑って頷いた。
「速水とは同期の腐れ縁です」
「それはそれは」
清川の相槌に深い意味はない。だが会話とはそんなものだろう。
二人の様子を見ていた高階がタイミングを見て口を開いた。
「清川君は当病院のリスクマネジメント委員会に大いに興味がおありだそうでしてね。ここは是非、委員長の田口先生にお相手していただこうかと」
「はあ」
あんまり気は進まない。
リスクマネジメント委員会絡みの仕事は、どれもこれも田口にとっては厄介事でしかないのだ。それがたとえ来客の応対でも。
「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
先に清川から笑って言われてしまえば、田口には逃げようもなかった。
客人の前で失礼なことだが、天井を仰いで溜息を吐いた。
「お話はここで?」
田口は清川と部屋の主である高階を交互に見た。
清川は頷いたが、高階が首を横に振る。
「実は他にも来客の予定がありましてね。田口先生、資料なしで手短に済ませようと思ってはいけませんよ」
「心外です。私は、清川先生にご足労おかけするのは申し訳ないと思っただけですよ」
怠け心からの発言は高階には見透かされていた。
病院長室に長居出来ないのは明白だから、手短に話を済ませられると思ったのだが甘かったか。
だが、それをそのまま言葉に出すほど、田口も抜けてはいない。
高階に一言反論だけして、清川の方に目を向けた。
「そういうことですので、私の仕事場へご招待しますよ」
「それは光栄」
田口の言葉に清川はすっと立ち上がる。
その身のこなしが一瞬速水を思い出させて、彼も剣道家だったなと田口はぼんやり思った。
呼び出し放送に田口は眉間に皺を寄せた。
うどんがあと半分残っているが、焦って箸を早めたりはしなかった。断固、してやるものかと思う。
周囲からヒソヒソと声がするのは気のせいではない筈だ。
病院長が懐刀と言われる田口を呼び出すなんて何の悪巧みだ、という好奇心交りの戦々恐々という気配。
自分の身の丈に合わない事態に田口は溜息を吐きたくなるのだった。
「田口先生にお客さんです。こちら、帝華大病院産婦人科准教授の清川君」
「はあ…………」
病院長室で引き合わされた客人に、田口は鈍い反応を返すしかなかった。
年齢は同じくらい、背は向こうの方が高い。
スーツ姿に隙が無く、且つ洒落た華やかな印象が見える。絶対に遊び人か女ったらしの部類だ。
外見はともかく、何だって、帝華大の准教授が自分に会いにくるのだか。まして産婦人科は門外漢もいいところだというのに。
そういう、真っ正直な表情が出ていたのだろう、高階は苦笑を一つ浮かべた。
「田口先生にはこう言った方がいいかもしれませんね。彼は、速水君の好敵手ですよ。医鷲旗の優勝決定戦を覚えているでしょう?」
「ああ、あの時の」
「速水をご存じですか」
清川に問われて、田口は笑って頷いた。
「速水とは同期の腐れ縁です」
「それはそれは」
清川の相槌に深い意味はない。だが会話とはそんなものだろう。
二人の様子を見ていた高階がタイミングを見て口を開いた。
「清川君は当病院のリスクマネジメント委員会に大いに興味がおありだそうでしてね。ここは是非、委員長の田口先生にお相手していただこうかと」
「はあ」
あんまり気は進まない。
リスクマネジメント委員会絡みの仕事は、どれもこれも田口にとっては厄介事でしかないのだ。それがたとえ来客の応対でも。
「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
先に清川から笑って言われてしまえば、田口には逃げようもなかった。
客人の前で失礼なことだが、天井を仰いで溜息を吐いた。
「お話はここで?」
田口は清川と部屋の主である高階を交互に見た。
清川は頷いたが、高階が首を横に振る。
「実は他にも来客の予定がありましてね。田口先生、資料なしで手短に済ませようと思ってはいけませんよ」
「心外です。私は、清川先生にご足労おかけするのは申し訳ないと思っただけですよ」
怠け心からの発言は高階には見透かされていた。
病院長室に長居出来ないのは明白だから、手短に話を済ませられると思ったのだが甘かったか。
だが、それをそのまま言葉に出すほど、田口も抜けてはいない。
高階に一言反論だけして、清川の方に目を向けた。
「そういうことですので、私の仕事場へご招待しますよ」
「それは光栄」
田口の言葉に清川はすっと立ち上がる。
その身のこなしが一瞬速水を思い出させて、彼も剣道家だったなと田口はぼんやり思った。
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