そもそも同性の恋人など、大っぴらに出来るものではない。
その上、加納は警察庁のキャリアだ。まだまだ出世するだろう。
プライベートの瑕瑾が、社会的な致命傷となる可能性は大いにあった。
だから、加納が田口の存在に注意を払うのは、解っているつもりでいたのだ。
だが、田口の存在はそれほどまでに隠したい汚点だったのか。
携帯電話の着信履歴さえ残さないほどの。
加納ご自慢のベンツで連れて行かれたのは、既に隣県だった。
富士の麓にある、由緒ありげな旅館である。一夜の逢瀬には勿体無いレベルだ。
逢うのはいつも加納の都合だった。
加納の方が多忙で不規則なのだ、当たり前のことである。
呼び出されて、桜宮で落ち合って、それから何処かへ、というパターン。
桜宮から離れるのも、つまりは人目を気にしての事だろう。
考えれば考えるほど、何もかもが悪い方へ転がっていく。
「う…………ぁっっ」
内側から揺らされて声が上がった。
田口を背後から抱き締めた加納は、喉の奥で笑いながら田口の項に痕を残す。
左ばかり触られた胸の飾りが赤く血を集めている。
「待てよ、まだだ」
「そんっ、あぁ…………っうんっ、」
加納の手が雫を零している田口の雄を強く握る。
そのまま突き上げられて、喉の奥から声が飛び出る。
気紛れにしか田口を刺激しない意地の悪い加納に焦れて、田口は加納の腕を払おうと手を動かした。
「…………も、ぅっ……ぁ、ぁんっ」
狙い澄ましたように竿を擦り上げられて、田口の手は加納に沿うだけになる。
欲を吐き出すと共に、体内に熱い迸りを感じた。
この瞬間だけ、脳裏は真っ白だ。
何も考えたくないなと思いながら田口は目を閉じた。
「じゃあな。また連絡する」
「…………ええ」
桜宮の駅前に加納は田口を下ろした。
不満は無かった。
田口のアパートは此処からさほど遠くはないし、路地が狭くてベンツには不自由なのだ。
不満は無い。
そんな事を考えているあたりが、もう、かなり辛い証拠なのだろう。
「…………加納さん」
ベンツのエンジン音は低く重く、躍動感がある。静かな日本車とは対照的だ。
その音の隙間を縫うように呼びかけた田口の声に、加納は眉を上げた。
視線だけで「何だ」と田口に尋ねている。
「いつもすみません、警察も大変ですよね」
人目を忍ぶようにしか逢えないこと、その負担を加納ばかりが背負っていること。
詫び言のフリをして、田口は密かな針を忍ばせた。
加納は溜息を一つ吐いた。
「まったくだ。憲法上の自由権は建前か? 能力と主義主張にゃ何の関係もねえだろうに」
そのまま加納は一頻り、閨閥で出世した上司と、キャリアで使えない部下の文句を零す。
警察庁内部の暴露話に、田口は虚ろな愛想笑いを浮かべた。
家は近かったが帰る気になれず、田口はそのまま歩いていた。
漠然と向かうのは東城大だ。
田口は本日休みになっているから、病院に行く必要も無いのだが。
冬の長い夜もようやっと明け始めている。
もう二時間もしないうちに、昼の通常勤務が始まるはずだ。
東城大に着いた頃には、オレンジ色の朝日が光と影の世界を描いていた。
斜陽を噂されるオレンジ新棟が、朝日を浴びて光っているのはある意味皮肉だろうか。
「行灯?」
怪訝そうな声に田口は振り返った。
オレンジ新棟の救急搬入口前に立っていたのは速水だ。
当直の合間に外の空気を吸いに来たのだろう、術衣に白衣を引っ掛けただけという格好だ。
田口は思わず尋ねた。
「お前、寒くないのか?」
「鍛えてるからな。お前こそ、珍しい時間にいるじゃないか」
「……珍しい、かな」
「珍しいね。お前みたいな寒がりが、夜明けの時間に出勤したり帰ったりするワケねえだろ」
「酷い言い方…………」
速水の言葉に田口は思わず笑ってしまった。
確かに速水の言う通りだ。
冬場は布団とコタツから離れられない田口とって、こんな時間に外にいる事は考えられない。
だからこそ、速水にも気付かれてしまった。
「…………何かあったのか?」
気遣わしげな口調に、田口はひっそりと笑った。
その上、加納は警察庁のキャリアだ。まだまだ出世するだろう。
プライベートの瑕瑾が、社会的な致命傷となる可能性は大いにあった。
だから、加納が田口の存在に注意を払うのは、解っているつもりでいたのだ。
だが、田口の存在はそれほどまでに隠したい汚点だったのか。
携帯電話の着信履歴さえ残さないほどの。
加納ご自慢のベンツで連れて行かれたのは、既に隣県だった。
富士の麓にある、由緒ありげな旅館である。一夜の逢瀬には勿体無いレベルだ。
逢うのはいつも加納の都合だった。
加納の方が多忙で不規則なのだ、当たり前のことである。
呼び出されて、桜宮で落ち合って、それから何処かへ、というパターン。
桜宮から離れるのも、つまりは人目を気にしての事だろう。
考えれば考えるほど、何もかもが悪い方へ転がっていく。
「う…………ぁっっ」
内側から揺らされて声が上がった。
田口を背後から抱き締めた加納は、喉の奥で笑いながら田口の項に痕を残す。
左ばかり触られた胸の飾りが赤く血を集めている。
「待てよ、まだだ」
「そんっ、あぁ…………っうんっ、」
加納の手が雫を零している田口の雄を強く握る。
そのまま突き上げられて、喉の奥から声が飛び出る。
気紛れにしか田口を刺激しない意地の悪い加納に焦れて、田口は加納の腕を払おうと手を動かした。
「…………も、ぅっ……ぁ、ぁんっ」
狙い澄ましたように竿を擦り上げられて、田口の手は加納に沿うだけになる。
欲を吐き出すと共に、体内に熱い迸りを感じた。
この瞬間だけ、脳裏は真っ白だ。
何も考えたくないなと思いながら田口は目を閉じた。
「じゃあな。また連絡する」
「…………ええ」
桜宮の駅前に加納は田口を下ろした。
不満は無かった。
田口のアパートは此処からさほど遠くはないし、路地が狭くてベンツには不自由なのだ。
不満は無い。
そんな事を考えているあたりが、もう、かなり辛い証拠なのだろう。
「…………加納さん」
ベンツのエンジン音は低く重く、躍動感がある。静かな日本車とは対照的だ。
その音の隙間を縫うように呼びかけた田口の声に、加納は眉を上げた。
視線だけで「何だ」と田口に尋ねている。
「いつもすみません、警察も大変ですよね」
人目を忍ぶようにしか逢えないこと、その負担を加納ばかりが背負っていること。
詫び言のフリをして、田口は密かな針を忍ばせた。
加納は溜息を一つ吐いた。
「まったくだ。憲法上の自由権は建前か? 能力と主義主張にゃ何の関係もねえだろうに」
そのまま加納は一頻り、閨閥で出世した上司と、キャリアで使えない部下の文句を零す。
警察庁内部の暴露話に、田口は虚ろな愛想笑いを浮かべた。
家は近かったが帰る気になれず、田口はそのまま歩いていた。
漠然と向かうのは東城大だ。
田口は本日休みになっているから、病院に行く必要も無いのだが。
冬の長い夜もようやっと明け始めている。
もう二時間もしないうちに、昼の通常勤務が始まるはずだ。
東城大に着いた頃には、オレンジ色の朝日が光と影の世界を描いていた。
斜陽を噂されるオレンジ新棟が、朝日を浴びて光っているのはある意味皮肉だろうか。
「行灯?」
怪訝そうな声に田口は振り返った。
オレンジ新棟の救急搬入口前に立っていたのは速水だ。
当直の合間に外の空気を吸いに来たのだろう、術衣に白衣を引っ掛けただけという格好だ。
田口は思わず尋ねた。
「お前、寒くないのか?」
「鍛えてるからな。お前こそ、珍しい時間にいるじゃないか」
「……珍しい、かな」
「珍しいね。お前みたいな寒がりが、夜明けの時間に出勤したり帰ったりするワケねえだろ」
「酷い言い方…………」
速水の言葉に田口は思わず笑ってしまった。
確かに速水の言う通りだ。
冬場は布団とコタツから離れられない田口とって、こんな時間に外にいる事は考えられない。
だからこそ、速水にも気付かれてしまった。
「…………何かあったのか?」
気遣わしげな口調に、田口はひっそりと笑った。
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COMMENT
「すら」は寂寥感を感じます。
2回目拝読しました
あぁ、猟犬が素敵。キャリア、傲慢、我が儘、自分勝手と官僚猟犬驀進中。
「さえ」と「すら」ですが確かに「さえ」は自然ですけど「すら」の方が田口先生の寂寥感を私は感じました。
携帯の着信履歴消したことないです、消す必要性ってなんでしょうね。んー、自分でもよく判らないですね。
あぁ、猟犬が素敵。キャリア、傲慢、我が儘、自分勝手と官僚猟犬驀進中。
「さえ」と「すら」ですが確かに「さえ」は自然ですけど「すら」の方が田口先生の寂寥感を私は感じました。
携帯の着信履歴消したことないです、消す必要性ってなんでしょうね。んー、自分でもよく判らないですね。
Re:「すら」は寂寥感を感じます。
いらっしゃいませ、コメント有り難う御座います。
そっかぁ、フツーは携帯の着信履歴ってあんまり気にしないモンか。
よかった、大きく世間からズレたこと書かなくて。参考になりました!
「さえ」と「すら」の違いは国語辞典引いても漠然としか解らんかったです。語感のみ! 何となく!
もうちょっとガンバりますので、どうぞ宜しくお付き合い下さいませ。
そっかぁ、フツーは携帯の着信履歴ってあんまり気にしないモンか。
よかった、大きく世間からズレたこと書かなくて。参考になりました!
「さえ」と「すら」の違いは国語辞典引いても漠然としか解らんかったです。語感のみ! 何となく!
もうちょっとガンバりますので、どうぞ宜しくお付き合い下さいませ。
はうん☆
ヤバイです。本気で、ドキドキしておりますw
(えー、私事ですが、明日は休みなので現在晩酌中なんです…)
お酒の所為か、感受性が増加しとる様で、行灯先生の寂寥感に共感してしまい、現在とても、あるイミ居たたまれない気分になっております…www
はぁ…。行灯センセには、いつでも、幸せに笑っていて貰いたい………。
っつーても、相手が猟犬ぢゃあねぇ…www(←暴言w)
(えー、私事ですが、明日は休みなので現在晩酌中なんです…)
お酒の所為か、感受性が増加しとる様で、行灯先生の寂寥感に共感してしまい、現在とても、あるイミ居たたまれない気分になっております…www
はぁ…。行灯センセには、いつでも、幸せに笑っていて貰いたい………。
っつーても、相手が猟犬ぢゃあねぇ…www(←暴言w)
Re:はうん☆
いらっしゃいませ。アルコールが程良く効いているようですねぇ。
ウチの駄文も三割増しか? いいな、それ。
猟犬相手に行灯先生の幸せって……確かに難しいなぁ。
書いたことないからそう思ってるのかもしれないけど、ウチじゃ小ネタ担当ですもんね、猟犬って。
リクエストがハッピーエンドなので、そっち方向へガンバリたいと思います。
どうぞもう暫くお付き合い下さいませ。
ウチの駄文も三割増しか? いいな、それ。
猟犬相手に行灯先生の幸せって……確かに難しいなぁ。
書いたことないからそう思ってるのかもしれないけど、ウチじゃ小ネタ担当ですもんね、猟犬って。
リクエストがハッピーエンドなので、そっち方向へガンバリたいと思います。
どうぞもう暫くお付き合い下さいませ。