互いに気付いたのは、食事を終えたトレイを戻す返却口だった。
田口も速水も「あ」と呟いたきり、黙々とトレイを戻す。
速水の観察眼によると、田口の昼食は今日もうどんだったらしい。
レストラン満天のうどんがいくら種類が多いからと言って、よく飽きもしないものだと思う。
そのまま、二人は何となく連れだって食堂を出た。
速水がエレベーターのボタンを押す。
ふと、田口が口を開いた。
「気付けばよかったな。一緒にメシ食えたのに」
「え」
それは、一緒に食事をしたかったという意味か。
それ以外に何がある。
まじまじと速水は田口を見た。
速水の視線に気付き、それから、田口は自分の言葉の裏に気付いたらしい。
田口は零れた言葉を取り戻すように口元を手で隠し、速水から視線を背けた。
横顔が赤く染まっている。
その言葉に、表情に、仕草に。
やられた、と思った。
悩殺されたと言ってもいい。
衝撃のまま、速水は田口の腕を捕まえた。
折よくもエレベーターが音を立てて扉を開けた。
「なっ」
田口を引き摺りこむようにしながら、素早く閉ボタンと行き先階数を押し。
扉が閉まりきる前に、田口を抱き寄せて。
エレベーターが下り出すより早く、唇を奪った。
「ん、ん……………………ぅっ」
最初から深くて熱いキスを仕掛けた。
擦れ合う舌から田口の戸惑いが伝わるが、押し切った。
唇の隙間から洩れる声がエレベーターの中で反響する。
降りていく感覚も、互いの熱の前には無力だった。
ぽ――――ん、と音を立ててエレベーターが止まる。
田口は慌てて距離を取り、速水も名残惜しいながら身体を離した。
『2階です。下へ参ります』
機械音声が無情に告げる。
二人は無言でエレベーターを下り、肩を並べてゆったりと歩きだす。
少し見下ろす視界で、田口が口元を白衣の袖でこっそり拭っているのが見えた。二人分の唾液が零れたのか。
伏せた眼の中は覗けないが、キスで潤んだ瞳が凶悪なまでに「そそる」のを速水は知っている。
想像しただけで、速水は次が欲しくなった。
「満天」から2階まで、二分程度じゃ全然足りない。
「なあ」
速水が呟くと、田口は顔をはね上げた。
やはりイイ顔をしている。欲情が滲む顔。速水だけが知る表情だ。
それにほくそ笑んで、速水は田口の耳元に囁いた。
「今夜、続きしようぜ」
「…………都合が合えばな」
そっぽを向いての言葉に、速水は喉の奥で笑った。
都合などいくらでも合わせるに決まっている。
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