「よお、行灯」
「行灯って言うな」
速水は軽く声を掛けただけだったが、田口の返事はいつになくつっけんどんだった。
速水は軽く眼を見開いた。
機嫌が悪い田口というのも珍しい。
「何だ、生理痛か?」
「お前セクハラ発言だぞ」
「女に言えば、だろ。つーか、お前に生理があったら、少しは血にも慣れたんじゃないか? 女の方が強いって言うし」
女の方がストレスに強いのは、出産の苦痛に耐えるためだという。
毎月血を流すのなら、男より耐性があるのかもしれない。
「血の苦手な女性もいるだろう。そもそも、お前の発言は何から何まで間違ってる」
「うわ、ホントに機嫌悪いな」
田口は眉間に皺を寄せ、早足で歩きながら言う。
珍しくカリカリした雰囲気に速水は肩を竦めた。
白衣のポケットに突っ込んであったチュッパチャプスを取り出す。
「ほれ、やるから機嫌直せ」
「…………サンキュ」
溜息とともにやっと肩の力を抜いて、田口は速水がぷらぷら揺らしていたチュッパチャプスを受け取った。
常日頃ののんびりした雰囲気を取り戻した田口を確認して、速水は小さく笑った。
実はこの話、後日談がある。
どこをどう回り間違ったのか、ある日院長室に田口は呼び出された。
「田口先生が実は女性だというお話があるのですが」
「はっ?!」
「先日、生理痛でピリピリしてらしたとか? 各種書類の訂正手続きが必要ですかねえ…………」
呆気にとられて反応し損ねた田口だったが、高階病院長が事務員を呼び出す前に慌てて声を上げた。
「何でそうなるんですかっ?!」
「まあそうですね。病院で毎年健康診断受けていらっしゃいますし、それに何の問題もない」
冗談、だったらしい。
高階病院長は意外とあっさり田口を解放した。
十数分後、田口がオレンジ新棟に乗り込み速水に盛大に文句を言ったのは言う間でもなかった。
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