エピローグの長さを考えたら、4回目がとんでもない量になったので切りました。
相変わらず前言撤回、予定は未定な管理人です。
前回は行灯先生の見せ場っぽかったので、今度は将軍。
取り敢えず今回はここでエンドです。
いつもの夢オチをどうしようかと思ったのですが、最早全く別物なのでなくてもいいかなぁという気が。
ちょっと中身がシリアスなので夢オチさせたくないのかもしれない、私。
相変わらず前言撤回、予定は未定な管理人です。
前回は行灯先生の見せ場っぽかったので、今度は将軍。
取り敢えず今回はここでエンドです。
いつもの夢オチをどうしようかと思ったのですが、最早全く別物なのでなくてもいいかなぁという気が。
ちょっと中身がシリアスなので夢オチさせたくないのかもしれない、私。
「…………黒。次」
自分の横を過ぎて行く患者を見下ろして、速水は一つ心の中で頷いた。
まだ息はあったが、トリアージタグは黒だ。
速水でもそう判断しただろう。
晃子の目の確かさに誇らしさを覚える。
「胸郭骨折、腹腔内出血……赤。開腹して止血」
「了解」
「え」
速水が答えると、そこで初めて、晃子は自分の父親が傍にいることに気付いたようだった。
まじまじと見開かれた目が、次に安堵で緩んだ。
泣き虫な公子に比べて泣くことの少ない晃子だったが、全く泣かないワケではなかった。
今の晃子の顔は、その幼い頃の顔だった。
「父、さ…………」
「ほら、まだ終わりじゃないぞ」
晃子を安心させるよりも、軽い口調で窘める方を速水は選んだ。
晃子の表情がすぐさま引き締まる。
「お前がトップなんだろ。最後までやってみせろ。指示は?」
「腹腔内出血あり、開腹、止血……速水先生、お願いします」
「了解した」
晃子は先刻の指示を繰り返し、速水に小さく頷いた。
速水先生という他人行儀な呼び方が、今この場では心地良い。
速水も晃子に一つ頷くと、確かな足取りで処置室へ向かう。
一度だけ振り返って見た娘は、白衣も手も顔も血で汚し、それでも真っ直ぐ姿勢よく立って、指示を出していた。
君臨する、という表現が相応しい姿に、速水は僅かに微笑んだ。
しかし、すぐに気を引き締める。
患者と一緒に処置室へ乗り込むと、そこには処置室を任された看護師が待機していた。
若手の看護師は速水を不審そうな眼で見るが、ベテラン看護師は安心したような息を吐く。
それぞれの反応に構わず、速水は指示を出した。
「腹腔内出血、開腹して止血する」
「解りました」
戸惑っていても、やるべきことはきちんとこなす。
たちまちに準備が整い、速水の前にメスが差し出された。
速水は躊躇なく患者の体に刃を走らせる。
嘗て将軍と呼ばれた男のメスは、当時のままの冴えを見せていた。
「終わ…………ったぁ」
不定愁訴外来のソファにうつ伏せになって、晃子は長く息を吐いた。
一度座ってしまったら、身体に疲れがどっと押し寄せてきた。
もう立てないと本気で思う。
「あきちゃん、コーヒー淹れたよ」
「置いといてぇ」
折角公子が淹れてくれたコーヒーだが、晃子は動けなかった。
起き上がって座り直すのさえ億劫だ。
かちゃん、という微かな音で、公子がカップをテーブルに置いたことを察した。
「お疲れさまでした」
「きみこそ……助けてくれて有り難う」
「当たり前でしょ」
顔を伏せたままだったが、公子が笑っていることが晃子には解った。
沈黙の間に、公子がコーヒーを飲む音がする。
途中でガサガサと薄紙が鳴る音がして、晃子は顔を上げた。
公子が開けていたのはチョコレートの箱だった。
目が合って、公子は悪戯っぽく笑った。
「あ、ズルっ」
「へへっ、ここの隠し菓子。あきちゃんにも分けてあげよう」
「偉そー……あんた、こんないいモノ食べながら仕事してんの?」
「秘密だよ?」
チョコレートの魅力に、晃子は身体を起こした。
まだ冷めていないコーヒーは晃子好みのクリームのみだ。
コーヒーとチョコレートという完璧な組み合わせに、疲れも癒される。
アーモンドを噛み砕きながら、晃子は今日の事を振り返った。
「…………まだまだだなぁ」
「ん?」
「修行が足りないなぁって話」
修羅場の最中は無我夢中だった。
全てが終わって静けさを取り戻した今、自分の未熟が目につくばかりだ。
迷って、切り捨てた患者の顔が脳裏を過ぎった。
あの瞬間はそれが正しいと思ったけれど、今になると自信が揺らぐ。
「当たり前じゃない。私たち、まだまだ医者になったばかりだよ」
マグカップを持ったまま、公子は笑って言った。
おっとりした顔をしているのに、公子は母親譲りのブラック党だ。
密かに晃子が「大人っぽさ」を羨むポイントである。
「私もね、まだまだだと思っちゃった。ママは凄いよ……あんな場合でも、いつもと同じ顔が出来るんだもん」
母親の顔が公子の脳裏に焼き付いている。
笑って、ちょっと茶化して、大丈夫だと言ってくれて。
あれでどれだけ、安心しただろう。
途切れない患者に、全てを投げ出したくなる思いがすっと消えて、余裕さえ出てきたのだ。
病院の責任者として、一番重荷を背負っていただろうに。
揺らがない強さを目の当たりにして、公子は目標の遠さを思い知るばかりだ。
「……父さんも凄かったよ。実際見たワケじゃないけど、速いの。凄く」
指示を出す側にいた晃子は、父親の手技を実際に見てはいない。
だが、処置室の回転率は感覚で把握していた。
父が入ってからの処置室は、それまでよりずっと速く治療をこなしていった。
父が最前線を退いて数年経っているし、体力的な衰えもある筈だ。
そんなものを全く感じさせない技量だった。
ジェネラル・ルージュ、の二つ名の大きさを改めて思い知る。
「とんでもないのを親に持っちゃったね、私たち」
「しかも、同じ道を選んじゃったしね」
公子が苦笑交じりに言う。
晃子も苦笑を浮かべるしかなかった。
それでもやはり、自分たちの目標は両親だった。
「ガンバらなきゃな」
「でも、流石に今日は一休みだね」
公子の口からおっとりと出たのは至言だった。
気合を入れ直そうとした晃子だったが、その一言に同意し、再度コーヒーとチョコレートの至福に浸ることにした。
自分の横を過ぎて行く患者を見下ろして、速水は一つ心の中で頷いた。
まだ息はあったが、トリアージタグは黒だ。
速水でもそう判断しただろう。
晃子の目の確かさに誇らしさを覚える。
「胸郭骨折、腹腔内出血……赤。開腹して止血」
「了解」
「え」
速水が答えると、そこで初めて、晃子は自分の父親が傍にいることに気付いたようだった。
まじまじと見開かれた目が、次に安堵で緩んだ。
泣き虫な公子に比べて泣くことの少ない晃子だったが、全く泣かないワケではなかった。
今の晃子の顔は、その幼い頃の顔だった。
「父、さ…………」
「ほら、まだ終わりじゃないぞ」
晃子を安心させるよりも、軽い口調で窘める方を速水は選んだ。
晃子の表情がすぐさま引き締まる。
「お前がトップなんだろ。最後までやってみせろ。指示は?」
「腹腔内出血あり、開腹、止血……速水先生、お願いします」
「了解した」
晃子は先刻の指示を繰り返し、速水に小さく頷いた。
速水先生という他人行儀な呼び方が、今この場では心地良い。
速水も晃子に一つ頷くと、確かな足取りで処置室へ向かう。
一度だけ振り返って見た娘は、白衣も手も顔も血で汚し、それでも真っ直ぐ姿勢よく立って、指示を出していた。
君臨する、という表現が相応しい姿に、速水は僅かに微笑んだ。
しかし、すぐに気を引き締める。
患者と一緒に処置室へ乗り込むと、そこには処置室を任された看護師が待機していた。
若手の看護師は速水を不審そうな眼で見るが、ベテラン看護師は安心したような息を吐く。
それぞれの反応に構わず、速水は指示を出した。
「腹腔内出血、開腹して止血する」
「解りました」
戸惑っていても、やるべきことはきちんとこなす。
たちまちに準備が整い、速水の前にメスが差し出された。
速水は躊躇なく患者の体に刃を走らせる。
嘗て将軍と呼ばれた男のメスは、当時のままの冴えを見せていた。
「終わ…………ったぁ」
不定愁訴外来のソファにうつ伏せになって、晃子は長く息を吐いた。
一度座ってしまったら、身体に疲れがどっと押し寄せてきた。
もう立てないと本気で思う。
「あきちゃん、コーヒー淹れたよ」
「置いといてぇ」
折角公子が淹れてくれたコーヒーだが、晃子は動けなかった。
起き上がって座り直すのさえ億劫だ。
かちゃん、という微かな音で、公子がカップをテーブルに置いたことを察した。
「お疲れさまでした」
「きみこそ……助けてくれて有り難う」
「当たり前でしょ」
顔を伏せたままだったが、公子が笑っていることが晃子には解った。
沈黙の間に、公子がコーヒーを飲む音がする。
途中でガサガサと薄紙が鳴る音がして、晃子は顔を上げた。
公子が開けていたのはチョコレートの箱だった。
目が合って、公子は悪戯っぽく笑った。
「あ、ズルっ」
「へへっ、ここの隠し菓子。あきちゃんにも分けてあげよう」
「偉そー……あんた、こんないいモノ食べながら仕事してんの?」
「秘密だよ?」
チョコレートの魅力に、晃子は身体を起こした。
まだ冷めていないコーヒーは晃子好みのクリームのみだ。
コーヒーとチョコレートという完璧な組み合わせに、疲れも癒される。
アーモンドを噛み砕きながら、晃子は今日の事を振り返った。
「…………まだまだだなぁ」
「ん?」
「修行が足りないなぁって話」
修羅場の最中は無我夢中だった。
全てが終わって静けさを取り戻した今、自分の未熟が目につくばかりだ。
迷って、切り捨てた患者の顔が脳裏を過ぎった。
あの瞬間はそれが正しいと思ったけれど、今になると自信が揺らぐ。
「当たり前じゃない。私たち、まだまだ医者になったばかりだよ」
マグカップを持ったまま、公子は笑って言った。
おっとりした顔をしているのに、公子は母親譲りのブラック党だ。
密かに晃子が「大人っぽさ」を羨むポイントである。
「私もね、まだまだだと思っちゃった。ママは凄いよ……あんな場合でも、いつもと同じ顔が出来るんだもん」
母親の顔が公子の脳裏に焼き付いている。
笑って、ちょっと茶化して、大丈夫だと言ってくれて。
あれでどれだけ、安心しただろう。
途切れない患者に、全てを投げ出したくなる思いがすっと消えて、余裕さえ出てきたのだ。
病院の責任者として、一番重荷を背負っていただろうに。
揺らがない強さを目の当たりにして、公子は目標の遠さを思い知るばかりだ。
「……父さんも凄かったよ。実際見たワケじゃないけど、速いの。凄く」
指示を出す側にいた晃子は、父親の手技を実際に見てはいない。
だが、処置室の回転率は感覚で把握していた。
父が入ってからの処置室は、それまでよりずっと速く治療をこなしていった。
父が最前線を退いて数年経っているし、体力的な衰えもある筈だ。
そんなものを全く感じさせない技量だった。
ジェネラル・ルージュ、の二つ名の大きさを改めて思い知る。
「とんでもないのを親に持っちゃったね、私たち」
「しかも、同じ道を選んじゃったしね」
公子が苦笑交じりに言う。
晃子も苦笑を浮かべるしかなかった。
それでもやはり、自分たちの目標は両親だった。
「ガンバらなきゃな」
「でも、流石に今日は一休みだね」
公子の口からおっとりと出たのは至言だった。
気合を入れ直そうとした晃子だったが、その一言に同意し、再度コーヒーとチョコレートの至福に浸ることにした。
PR
COMMENT